2016年11月 2日 (水)

吊るし柿と孫

2016112_2 今日の朝の冷え込みはもう確実に冬である。妻は渋柿の皮をむいて干し柿を作って、伊那高原の自宅の屋根付きベランダに吊るした。日差しや風通しのよいところなので、年末か正月頃にはよい干し柿になるだろう。そのベランダ゜の吊るし柿を見た東隣りの八十五歳のおばあさんが、大きな立派な庭でとれた柿を持ち込んでくれた。 これは半渋柿なんだそうで、このまま玄関などに置いておけば、熟すのでそのまま甘くなって食べられるとのこと。 今日は近くに住んでいる三女が三歳の男の子と一歳前の女の子を連れていつものように遊びに来た。普段安曇野の教会にわたしと妻は泊まり込みでいるので、一週間とか二週間ぶりに伊那高原の自宅に帰り、孫たちに会うと、その成長ぶりに、驚くことがある。幼児や赤ちゃんは日々成長していることがわかる。 妻が背負い紐を裁縫して三歳児にプレゼントしたら、三歳児はさっそく白熊のぬいぐるみを背負って遊んでいた。この二人はわたしと妻にとって六番目と七番目の孫である。 柿を持って来てくれた一人暮らしのおばあさんは、「丸山さんは幸せだねえ、こんな子たちと暮らせるんだから」と言っていたが、本当にそうだなあと感じる。

2016年10月16日 (日)

キノコ採りは、大豊作

Kinokoh10月5日(水)のことでした。安曇野の中房川へ犬たちとのさんぽも兼ねて、久しぶりに出かけました。中房川は夏には園児たちと泳いだり、河川敷の松林の中で、秋には何回もキノコ狩りを楽しんで来た場所です。

前日にテレビで、今年はキノコが豊作だとのニュースを観ていたので、もうすでに近隣の方々によって、キノコは採られて、ないだろうと思いましたが、試しにロッキーと一緒に松林の中へ入ってみました。

入って間もなく、足元に大きなリコボウとわたしたちが呼んでいるキノコを発見。そこで車の近くに待たしていた妻とプードル犬のクララも呼んで、みんなで探してゆっくり松林の中を上流に向かって前進。

一時間ほどで大鍋いっぱいのリコボウを採ることができました。このリコボウ以外のキノコは採らず、リコボウだけを採りました。

このリコボウはツルツルした食感のキノコで、最初は茶色系のツヤツヤした色ですがお湯に入れるとみごとな紫色に変わります。今年は例年のような茶色ではなく薄い色をしていましたが、ゆでるとすべてが紫色に変わり、「食べてもだいじょうぶだよー」と語りかけていました。

味噌汁にしたり、うどんの具にしたりして食べました。これ以外にも秋の味覚の新米による栗ご飯、梨やりんご、甘柿などもたくさんいただきました。

そして、いつしかジャンバーに手袋も必要な初冬さえも感じる寒さの季節に突入しています。ここ安曇野に白鳥たちが、そろそろ初飛来する季節なんだなあ。

2016年9月27日 (火)

久しぶりの青空と白い雲

朝日新聞のネットニュースに以下のような記事があったので記しておきます。

Kanketu≪NASAによると、エウロパが地球と木星の間を横切った際の紫外線映像を分析。10回のうち2014年の3回で、高さ最大200キロに達する間欠泉のような噴出が確認された。NASAの別の研究でも間欠泉の存在が有力視されており、今回の発見でより確実になった。

 エウロパは地球の衛星である月よりやや小さく、表面は分厚い氷で覆われている。木星の重力による影響などで内部に熱が生じ、氷の下には広大な海があるとされる。内部まで太陽光は届かないが、地球外生命が存在する可能性が指摘されている。NASAには、20年代にエウロパに探査機を送る計画がある。(ワシントン=小林哲)≫

今日は久しぶりにクッキリとした青空が広がっている。気温はやや高いが、やはり秋である。ススキが時折り風に揺れ、その周囲をトンボが飛んでいる。

2016年9月 6日 (火)

太陽系に第九の惑星か?

太陽系についてもまだまだ未知の世界があるんだなあ。ましてや宇宙全体となるとそれはもう想像を絶する世界に違いない。以下に海王星より外側に第9の惑星があると予測した産経ニュースの記事をここに記しておきたい。 

9wacseih≪太陽系で海王星よりはるかに遠くにあり、重さが地球の10倍あると予測されている“第9惑星”を捉えるため、国立天文台などの国際チームは5日、9月末~10月初めにかけて米ハワイ島のすばる望遠鏡を使って観測に挑戦することを明らかにした。

 今年1月、米国の研究者が、存在の可能性を指摘。国際的注目を集めた。直接観測には、世界最大級のすばる望遠鏡が最も適しているといい、発見できれば、2006年に準惑星に格下げされた冥王星に代わる9番目の惑星として認定されるかもしれない。≫

2016年8月12日 (金)

少年たちと犬たちと過ごす夏休み

P1110338hP1110335hわたしの少年時代とは明らかに違う猛暑の夏が、伊那高原をそして安曇野を、全国を襲っている。

しかしまあ、孫たちを連れて、プールや清流の川へ出かけて、少年たちと泳ぎを楽しんでいる。プールへは犬たちを連れていけないが、川にはいっしょに行ける。

Oyoguh_2この猛暑に耐えているのは人間だけではないのだ。牛や馬、そして犬や猫など、いいかげんな飼い方をされている動物たちや自然界の動植物も同様なのだ。

人間たちはあちこちの川を汚し、破壊して来た歴史を持つ。しかし、安曇野には中房川が、駒ケ根には太田切り川という清流がまだある。

自然の川はやさしい。危険もいっぱいあるが、安全な場所もちゃんと用意しているのが自然である。

2016年8月 5日 (金)

とっくり蜂の巣に感動

Tokurih我が家の外ベランダの隅に、とっくり蜂の巣があることに気付きました。猛暑の夏に懸命に、こんな見事な巣作りをして、子孫を残す姿には感動する。

外水道の近くなので、水分補給のことも考えて近くに巣を作ったのだろうか。だいぶ前にも同じところに巣があった。

今回で二度目だが、今回のは以前のよりやや大きく感じる。蜂を刺激しないように気を付けて生活しなくてはなるまい。

2016年8月 2日 (火)

2016夏 日本海

P1110206hP1110223h_2P1110230h長男夫婦のところの孫たち、小六、小四、五歳、の三兄弟も一緒に日本海へ一泊二日で海水浴に行ってきた。中房川と海で今年も真っ黒なわたし。

P1110253hP1110237h_2P1110283h初日に四時間ほど、二日目も四時間ほど、ほぼ連続でわたしは泳ぎに泳いだ。七十二歳のこの夏も泳力では長男や次男、孫たちにも負けないのだ。

UmihP1110295hP1110247h昨年は疲れて寝ていて、夕日を見られなかったが、今年は海に沈む夕日を見られて感動だった。

2016年7月20日 (水)

向日葵に感動!

B7fca730d1a888bff46bce7b896514d7安曇野にある教会の庭で数本の向日葵が成長している。まもなくつぼみを持つ段階である。

その向日葵たちから数メートル離れた場所にあるヒマラヤ杉の下のベンチに腰を下ろしている時のことである。夕暮れ時で西の空にはきれいな夕焼けが広がっていた。私は何気なく一本の向日葵の方に目をやり、おや!と思った。

しかし、あるべきところに朝と同様に大きな葉をつけた、まだ花を持たない向日葵がたっているだけであった。

もう一度振り向いて、その異変に気付いた。全部で八枚ほどの大小の葉の向きが朝と違うのだ。三十センチ四方の中にセットされた葉の全てが朝は東側を向いていたの、夕暮れには西の空を向いていたのだ。

だから向日葵というのだろうが、こうもゴッソリと大きなセットで向きを変えていることに気付いたのは初めてのことであった。

五月の連休頃にプランターに種を何粒か蒔き、水をやり発芽した様をわたしはニコニコと眺め声をかけ、そして十センチを超える苗に育った時、教会のフェンス沿いに移植した。その中の一番大きかった向日葵が、驚くほどに、向日葵の特性をわたしに見せてくれたのだ。いやー、感動である。

2016年7月 5日 (火)

暑いけどやっぱり夏が好き

054h久しぶりに伊那高原の自宅にいる。普段は安曇野の教会にいるが、自動車の免許更新で伊那に帰って来た。

七十歳を超えての更新には、高齢者講習が義務づけられ、5600円で三時間の講習を安曇野の教習所で先週に受けた。高速道路での逆走やコンビニやATM付近、立体駐車場などでのアクセルとブレーキの踏み間違いによる高齢者の事故多発に対する対策らしいが、高齢者いじめの側面もある。

さて、今日はその高齢者講習修了証書一枚も持って伊那警察署へ出かけ更新手続きをして来る。ついでに参議院選挙の期日前投票もしてこよう。

伊那高原のカッコーの発音がよくなっている。六月初めごろに聞いたカッコーの幼鳥らしきやつは、「カココココッ、カキコ」などと、初心者発音でうるさかったが、今朝は発音の正しい声ばかりで聞きやすくなった。夏本番も間近だなあと感じる。

安曇野に比べ、標高の高い830~900メートルの伊那高原は暑さの夏は過ごしやすい。夜間は窓を開けておけば寝苦しいこともなく寒いくらいだ。それと日中は清流の大田切川が駒ケ根にあり、犬と一緒に泳げるのもいい。(写真は去年の夏休みに大田切川で撮ったものです)。

そうそう、今月の28日~29日は孫たち少年三名も一緒に日本海へ海水浴に行く予定です。暑いけど、ぼくはやっぱり夏が好きだなあ。

2016年6月17日 (金)

夏草が繁茂する素晴らしい季節

20160614_172738h夏草が繁茂するこの季節の犬たちとの散歩は時々立ち止まり、周囲の夏草たちをじっくり観察出来て楽しい。

早朝に聞くカッコーの元気な声や夕暮れの蛙たちの合唱の声もいい。幼少の頃のことを想い出し、今は亡き父母と過ごした日々を懐かしむ季節でもある。

201606hわたしは12日に72歳の誕生日を迎えた。次女と三女のところから、わたしの好きなスイカをプレゼントされた。わたしは散歩の後や風呂上りに大きめに切って、塩をたっぷり振りかけてガフガブ食べる。

たいがいは庭のベンチに座って、プーッと種を飛ばしながら食べる。ゴールデンとプードルの犬たちにも分けてやる。犬たちもシャクシャクと音をたてて食べる。

Img_20160612_212929h


わたしは、幼稚園児たちと病院慰問した時に犀川でたくさん採取したカワラナデシコの赤紫の色が好きである。それ以来この花の名を覚えた。そして今年の誕生日に思いがけずプレゼントされた花の名前をネットで調べたらどうやらガーベラのようだ。こうして覚える花の名前も忘れないものとなるにちがいない。

2016年6月16日 (木)

伊那高原の早朝

早く眠ると早くに目が覚める。昨夜は九時前に床についた。そして朝は四時半にめかせ冷めた。バソコンを開くとイチローがスタメン一番で出場とあった。

その瞬間は観られなかったが、テレビをつけるとリプレイで、メジャー最多安打記録に並ぶ4256安打達成の瞬間が流れていた。

もう十分に明るくなった庭に出ると、南側の方角にある森からカッコウーの声が今朝も聞こえた。

昨年夏に咲いた向日葵の近くに、その時の種が落ちたのだろう、五か所に向日葵が二十センチほどで成長している。

冬にヒヨドリなどが、そのままにしてあった向日葵の種を食べに来た時に落ちた種が自然と芽を出して成長している。自然ってすごいなあ。

Ichi追記…イチローは9回に二塁打を放ち4257安打を達成した。こちらもすごい。その4257本目安打の瞬間写真が左。

2016年6月 3日 (金)

孫はストライダーを乗りこなす

Sth昨夕から伊那高原の自宅へ久しぶりに来た。標高830メートルの伊那高原の空気はやはり爽やかである。

風呂上がりに庭へ出ると、見上げる夜空には星々が広がっていて感動した。安曇野にいることが多かったので、久しぶりに吸い込む空気や星空に感動した。

そして今日、二歳七か月の男の孫と、その妹の四か月になる、わたしにとって七人目の孫も一緒に、近くのゴルフ場北の車のほとんど通らない広いコンクリート道路やゴルフ場の立木が並ぶ日陰の草道を散歩した。周囲は草原である。もちろんわたしの二頭の犬たちも一緒である。

ストライダーーという二輪車を巧みにあやつって乗る孫を見て、わたしの時代にはなかったこの乗り物はなかなかいいなあと思った。ヘルメットもしている。少し会わない間にも孫たちは着実に成長している。

さて、明日は美容師をしている次女夫婦が購入したいといっている土地を見に行くことになっている。次女は自分の美容室を持ちたいらしい。それを見たら夕方にはまた安曇野の教会へ帰る。プランターに蒔いた向日葵と朝顔の芽がわたしの帰りを待っているのだ。

2016年5月17日 (火)

火災から五匹の子猫を救った母猫

11234_10hアメリカ・ニューヨーク州ブルックリンの放置されていた古い倉庫。野良猫の母親とその子である5匹の子猫は、そのガレージを住家として生活していた。

Cachedh1しかし1996年3月30日、ガレージが原因不明の出火をする事になる。火は駆けつけた消防隊に消しとめられるが、消防隊員がその現場で驚きの光景を目撃していた。

Cachedhh母猫が子猫を1匹ずつ助けに、火の中へ飛び込んでいったのだ。耳や肉球は焼け爛れ、まぶたは腫れて、毛も焼けていた。母猫は助けた子猫の匂いを嗅いで、無事を確認した後に昏睡状態に陥った。

消防隊員は猫たちを動物病院へ搬送する事にした。病院に搬送された母猫は3か月の治療の後、無事に回復する事ができた。命がけで助け出した5匹の子猫も無事であった。この救出劇はメディアでも多く伝えられ、国際的に話題になった。この母猫は「スカーレット」と命名されて、その後多くの人々の記憶に残り、語り継がれている。

野良猫だった猫一家には帰る家も無くなり、治療費も払えないでいた。しかしこのニュースが流れると、たちまち7000以上もの里親希望者が名乗り出たという。いやあ感動である。                            

2016年5月 5日 (木)

少子化に歯止めがかからない

今日5月5日子どもの日に、ネット上に以下のような少子化のデータを示す記事があったのでここに記しておきたい。これが時代の流れであり現実なんだなあ。

昔のことをここで言ってもしかたがないが、1944年(昭和19年)生まれの私の時代は、中学の時に50人学級で9クラスあった。同じ時代に大阪の都市部の中学では60人学級で18クラスあった。今では信じられない生徒数である。やあ、昭和の青春時代はよかったなあ。夢もあった、挑戦もあった、今のような勝ち組負け組の格差はなく、みんな中流で、それなりに豊かだったなあ。

20160504ax04≪総務省が「こどもの日」に合わせて4日発表した15歳未満の子どもの推計人口(4月1日現在)は、前年より15万人少ない1605万人で、1982年から35年連続の減少となった。比較可能な50年以降の統計で、過去最少を更新。政府や地方自治体は少子化対策に力を入れるが、少子化に歯止めがかからない実態が改めて浮き彫りになった。内訳は男子が822万人、女子が782万人≫

2016年5月 2日 (月)

新緑の中みんなで昼食会

P1110144h5月1日(日)の礼拝後に、教会の庭でみんなでバーベキューの昼食会をおこないました。幼稚園の卒園生の青年三名も参加して、楽しい一時を持ちました。

P1110148h三本の桜の木もすっかり新緑の葉桜となり、砂場の上の藤棚の藤の花も咲き始め、黒いお尻の熊ん蜂が羽音を響かせて春の日差しに輝きながら、藤の花の蜜を吸いに来ていました。この連休中は、安曇野を離れ、伊那高原で過ごすことになります。

2016年4月28日 (木)

飲み屋を出たら春の雨

昨日は中学時代の仲間たちとの飲み会に出かけた。約束の六時よりだいぶ早くに到着した。カウンターに、早くに来た善四郎君が一人いて、絵画展で奨励賞を受けた時の信濃美術館での写真を店のメンバーに見せていた。

一段高い横長座席には、すでに二組の場所が用意され、料理のサラや飲み物とグラスなどが並んでいた。

そこには、おもしろい現象が起こっていた。わたしたち中学のクラス会の方が十名(女性三名)、その横に竹製の小さなつい立を置いて、さらに横に机が伸びて、そちらには小学生時代のクラス会六名(男性二名)の席も用意されていた。どちらも同い年のメンバーである。

だから知っている顔もあり、つい立をどけて、一緒にしてしまった。小学グループの方は六月の正式クラス会のために幹事たちの集まり、わたしたち中学グループは春の飲み会。しかし、夏にもあり、秋には正式な一泊二日のクラス会、そしてさらにクリスマス頃か正月に冬の飲み会と、四季に合わせて年間四回の飲み会があるのだ。

五時半から九時半までの四時間ほど、ゆっくりペースで飲み、よく話し、いい気分で飲み屋から出ると、春の雨が降っていた。迎えの車が待つ少し離れた駐車場までわたしは走っていた。そして、「やや、俺もまだ若いな…、結構飲んで、そのうえ結構速く走ってるぞ!」とちらりと思った。

2016年4月25日 (月)

連休まで伊那高原で過ごします。

P1110132h長いこと伊那高原の自宅に戻らず、教会に泊まり込みで仕事や犬たちとのさんぽなどを安曇野でしていました。

そして昨日の日曜礼拝&C・S(教会学校)を終えて、伊那高原へ帰ってきました。高速道は使わず一般道で帰りました。

途中、各街かどで「御柱祭」が盛大に行われていて、地面に丸太の木材を引きずった跡が残ったり、やや交通渋滞に遇いましたが、爽やかな新緑の風景も楽しみながらの短い道中でした。

帰宅したのが午後四時頃、まだ日が長いので、クローバーや芝草が丈を伸ばした庭を草刈り機で一時間ほどかけてきれいにしました。近所の人たちともしばらくぶりに世間話に花を咲かせました。

毎年、わたしの座る食卓から見えるチューリップたちが、今年もきれいに、この季節の中で静かに微笑んでいました。

2016年3月27日 (日)

今日はイースター

今日は教会歴でイースター(復活日)。イースター礼拝、聖餐式、そして礼拝後に、ゆで卵などで軽食の祝会も行いました。

長男のところの三兄弟(小6、小4、5歳)と71歳のジイジの私4人で教会の南東の敷地の隅にまあまあの広さの畑を作りました。そして駐車場入り口には花壇も作りました。

三本の桜の木の落ち葉を長年積み上げていた場所なので腐葉土たっぷり、それに精米所から無料でもらって来た米ぬかを混ぜて土づくりをしました。5月の連休頃に野菜の栽培に取り組もうと思っています。

5月の連休が終われば、すぐに梅雨の季節。そして梅雨が明ければ、そこにはギラギラ太陽と入道雲の夏が、とまあ、こんなに簡単にトントンと季節が流れるわけではありませんが、新学期がスタートすると1年は本当に早いからなあ。聖書の言葉に親しみながら、無理せず、70代の人間らしく一歩ずつの前進である。

2016年2月29日 (月)

孫のおでこに赤の印

昨日の日曜礼拝後に、次男とわたしは美容師の次女に髪のカットをしてもらい、わたしは前髪部分に軽くパーマもかけてもらった。美容院に行けばけっこうな出費となるところだが、身内にこうした美容師がいるのでたすかる。

その後、教会の台所で妻に天ぷらうどんを作ってもらいみんなで食べ、いくつかの職務を終えて早めに教会を後に伊那高原の自宅へ向かった。

近くに嫁いだ三女のところから連絡が入り、二人目の子が、まだ生後二か月にならないが、お宮参りをしたので、お祝いのあいさつに来るというので、その約束の五時半にまにあうように帰りを安全運転で急いだ。

上は二歳になる男の子、二番目は女の子。三女の嫁いだ家の地域はまだ昔のきずなや文化がよい形でのこっているので、その地域全体の家々が、お祝いをしてくれる。

その子のおでこに赤い点が二つあった。男の子には墨でお祝いの点を、女の子には口紅で記をつけるのが習わしだということだった。やあ、いいではないか。元気にスクスクと育ってほしい。わたしにとって七人目の孫である。

2016年2月14日 (日)

豪雨 春一番 そして虹

礼拝を終え、家庭訪問を終えて、安曇野から伊那高原へ向かう今日、教会の庭がなんか変だなと感じた。その理由はすぐにわかった。

昨夜の激しい雨で庭の雪が完全に消えたのと同時に、庭の濡れた地面がなんとなくやわらかく、そしてクローバーや小さな雑草の緑が発する「春ですよー」の声なき小さな声だった。

そして、その庭に春一番の風が吹き渡り、厳しい寒中の風から春の風への移行を肌で感じた。

わたしはスキーウエアーの防寒ジャンバーを着るには気温が高くなっていることに気づき、それを脱いで助手席に置いた。

伊那への帰途、塩尻のスーパー「バロー」に寄った。妻を待つ間、アイスクリームを買い犬たちとわけて食べていると、東向きに駐車したフロントガラス越しに、やや薄いが、それでもクッキリとした大きな虹が見えた。

フロントガラスのワイパーを動かし小雨をふき取るとますます見事な虹が、わたしの心をなごませ、次に口にしたペットボトルのコーラを飲みながら「ふふ~ん」とわたしは微笑んでしまった。小雨は止んでいた。

わたはごく自然に神を讃える心になっていた。妻の買い物はいつも長引くので、車のフロントボックスにいつも置いている聖書を取り出して旧約聖書創世記24章と25章を読んだ。

アブラハム、イサク、ヤコブの神が、これからもわたしと共にいてくださいますように、そして、これからもノアたちが驚きを持って見上げた契約の徴である虹を、折に触れ見せてわたしを励まして下さいと願った。

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