山頭火を思い出した 年の瀬散歩
伊那高原の昨日の天候は変化が激しかった。朝は小雨、そして晴れ間、やがて激しい霰(あられ)が激しく舞い、夕方にはまた明るい夕陽が降り注いで一日が終った。
よく天気予報で、「今日の長野県南部は晴れ、しかし山沿いでは雪となるところもあるでしょう」と言ったりする。その西山沿いに我が家は位置している。そこからさらに西山に近づいた標高千メートルほどの牧草地を、昨日はロッキーと散歩した。
ゆるい坂の上に青空があり、白い雲がやや低く広がっていた。ところが目を西山に移すとそこは吹雪いていた。やがて、私のジャンバーの表面をパラパラと音をたてて激しく霰が叩き始めた。風も強まり、枯れススキの群生が、突然狂ったように大きく揺れ動いた。
こんな時、ロッキーは立ち止まって、必ず風上に鼻を向ける。犬はその吹いてくる風の中にきっと多くの情報を嗅ぎ取っているのだろう。それからチラリと私の方を見て、ボスの動きを読みとりまた走り出す。
この一年も、こいつとよくあちこちと歩き回ったなー。山頭火のいくつかの俳句をこの日は思い出していた。そして、口に出していた。その私の声にロッキーが風下で気づいたらしく、ちらりと振り返った。そして、また向こうへ走り去った。
分け入っても 分け入っても 青い山
雨ふる ふるさとは はだしで歩く
すすきのひかり さえぎるものなし
岩かげ まさしく水が沸いている
ここで泊まろう つくつくぼうし
まつすぐな道でさみしい
独りで歩いた山頭火と違い、この私にはいつも犬が一緒だからいいが、独りではやはりさびしいだろうなー。今年もあと三日だなー。今日も少し早目に散歩に出るとしよう。そして、五木寛之著「親鸞」の続きを読むとしよう。昨夜に上巻を三分の一ほど読んだが、なかなかドラマチックでおもしろい。
妻の生まれ育った京都の家のすぐ近くに鴨川が流れていて、今は自然公園として整備されている。その川沿いの道を犬たちとよく散歩したが、親鸞の生きた時代、その鴨の河原は死体が累々としていたのだ。そして、白河法皇、下人、非人などと、人々に差別階層が色濃く存在した時代のようだ。
この本の前半で五木寛之氏が言いたいのは、流行り歌を紹介している個所だろうなー。私たちクリスチャンは祈りの最後に「…主(イエス・キリスト)の御名(みな)によって祈ります」と言う。仏教では、「阿弥陀様」の御名をとなえて救いを求めたのだ。この流行り歌の歌詞は私にもよく理解できる。最後まで読まないとなんとも言えないが、これがこの上下巻の「親鸞」の本のテーマなのだろうと思う。京都の義母の仏壇は、この浄土真宗であり、「南無阿弥陀仏」と唱えて信心する者に阿弥陀様は「まかせなさい。必ず救うぞ」と応えて下さるのだ。これはキリスト教と全く同じである。イエス・キリストと阿弥陀様の名前の違いだけである。私はそう思う。
以前に、京都の家で義母と一緒に浄土真宗のお坊さんの説教を聞いたことがあった。その時、「この阿弥陀さんというのは、聖書ではキリストのことやな」と直感したのを今でも鮮明に覚えている。
みだのちかいぞたのもしき
じゅあくごぎゃくのひとなれど
ひとたびみなをとなうれば
らいごういんじょうたがわず
さーて、ロッキー!、散歩に出るぞー。
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