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2007年12月

2007年12月31日 (月)

氷点下の大晦日 雪の舞い込む 湯けむりの露天岩風呂 心も体も清めて 2008年へ

Title1 断続的に小粒の雪が風に舞う、伊那高原の大晦日風景である。妻と次女、そして三女は、時々口喧嘩をしながらも、台所で、お節料理らしきものを作ったりしていた。今日の私は、昼前に伊那中央病院訪問から、体が冷え冷えで帰ったので、今日の犬の散歩は高三の次男にまかせて、近くの温泉へ、久しぶりに出かけた。

我が家から車で五分ほどの所に、大芝の湯と見晴らしの湯、そして、十五分ほどの所に、ながたの湯がある。今日は、どこも混みそうなので、その三つの温泉施設の内、一番広い大芝の湯にした。まず、気温96度のサウナに入り、たっぷり汗を流し、水風呂にザブンと入る。また雪の吹き込む露天岩風呂にもつかり、松林の中の雪景色を眺めた。今日は四時で閉館となるため、私の帰る二時半過ぎには、だいぶ混み始めていた。サウナ風呂では、口は悪いが、気のいいおっさんたちの裸談義が、いつもおもしろい。

Map1h 「あのよー、刺身の小皿が、こんなに小さいのに、千五百円、ばかにしてるよなー」。「暮れはよー、パチンコと同じで、高いと思っても、金せえ、もってれば、欲しいもんが目の前にありゃー、買っちまうもんな!」、「しかし、最近の若い連中は、タツクリを食べねえなー、黒豆だってそうだよな。コンビニなんかで、チョコチョコと、ほんのちょびっとずつ、いろいろ入ってるのが、売ってるけど。値段高いよ、ビックリしたよ!」。

「来年の選挙も、自民党負けるぞ」、「そうかなー、あの小沢も何考えてんだか、信用できねえとこあるぞ、あいつは」と、まあ、腹をパチン、パッチン叩いたり、顔の汗をビチョビチョ音をたてて手でぬぐったりと、体型も、しぐさも、ちょっと品格ねえなー。この俺もまあ、腹は出てるなー。

そうかと、思うと、脱衣所で、かなり高齢で、足元がふらふらして、杖をついたおじいさんを、その似た顔から判断して、息子たちと分かる兄弟が、両側から、支えて介護している姿にも出会った。正月で、里帰りした息子たちなのだろう。五歳ほどの男の子も一緒だった。

12167 私は、昨日の日曜礼拝にプラスして、北極のオーロラの写真でも、心を清められた。そして、今日は、温泉で体も清めた。これで、明日の新年を爽やかに迎えられそうである。雪の舞う松林に囲まれた駐車場に、全身ポカポカになって戻ると、一時間ちょっとの間に、車がうっすらと雪におおわれ、ワイパーを動かすと、フロントガラスの一部が凍っていた。そう言えば、サウナの中で、おっさんたちが、「今日は、外気がマイナス三度だったぜ!」と、話していたのを思い出した。きっと安曇野も雪だろう。あの野良猫の三匹の子猫たちは大丈夫だろうか。でも、きっと、あの、やさしい、市川食堂のあんちゃんが、めんどう見てくれているだろう。

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伊那高原 大晦日の朝は 吹雪きです 日常の中のいのちにも 偉大な神秘がいっぱい

P1020910h昨夜は冷え込み、風が強かった。昨日朝の雪は、こうして見ると、湿った雪だったんだなー。しかし、今朝の雪は確実にサラサラとした乾燥雪である。そして、西駒ケ岳から吹き降ろす風が強く、吹雪である。

どうやら、吹雪の大晦日になりそうである。この2007年、山口の吉田向学氏のプログ発信によって、様々な草花に目を向ける機会を得た。

Pc2500341 北極のオーロラは偉大な神秘である。しかし、日常の中で、目にする小さな草花も、偉大な神秘で満ちている。厳寒の風雪にも耐えているパンジーの花。そして、きっと山口も、今日が雪ならば、ロウバイの花も、雪の中で平然と咲いているに違いない。人間の細胞ならば、凍傷となり、一気に破壊されてしまうところだが、小さく弱そうに見えるパンジーの花やロウバイは、こんな冬も乗り越える。まさに、いのちの神秘である。(天を向いて咲いているロウバイ、吉田向学氏撮影)

Suzusu31 今年出あった小さな花で、もう一つ忘れられないのは、スノードロップである。伊那高原での犬との散歩で、出あった時の感動は、今も鮮明です。来年は、マクロレンズを使っての撮影にもチャレンジしてみたいと思う。

Sunodo1 今、東京の山本 純士 (やまもと あつし)氏のサイトをのぞいたら、私が出会ったのは、どうやら、スノードロップではなく、鈴蘭水仙(スノーフレーク)だったようです。前にも確か、間違ったよなー。いかん、いかん。しかし、来年は、このスノードロップにも会ってみたいもんだ。山本氏の解説に、[アダムとイブの2人が楽園を追い出されて 困っていたとき、降ってきた雪を天使が このスノードロップの花に変えたそうです。 「スノードロップ」=「雪のしずく」 ]と、興味深いことも書かれていた。(上がスノーフレーク、下がスノードロップ、いずれも山本氏撮影)。

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2007年12月30日 (日)

新たな夢 この私も北極のオーロラの下へ 偉大な神秘体験は 人の心にやさしさを生む

P1020897ah 今朝、吹雪の伊那高原から、安曇野にある教会&幼稚園の日曜礼拝に向かったが、塩尻峠の長いトンネルをぬけると、なんと、そこは雨だった。そして、教会に到着する頃には、その雨も止み、薄日ものぞく天候となっていた。久しぶりに事務室へ入ると、私の机の上の留守電赤ランプが点滅していた。

信濃毎日新聞「タウン情報」の記者、丸山祥司氏からだった。すぐに携帯へ電話を入れた。是非年内に渡したいものがあるという。礼拝の終わる十一時半に教会で会うことになった。北極の素晴らしいオーロラの写真を額に入れ、私へのプレゼントだと言うではないか。丸山祥司氏が対角魚眼レンズで撮影したものだという。

P1020900h 「あのねー!、オーロラの下での感動には、三種類あってね、① ウオー、とか、ギャーとか、魂の叫びをあげる  ② 興奮してね、周囲の人々の体をつかんだり、誰彼となく、叩たいたりする  ③ 奇声を上げて、なりふりかまわず、ジャンプを繰り返す。この三つだね」。「そう、もう一つ、四つ目を付け加えるとするなら、こう、ジーッと、オーロラを見上げてね、涙を流して泣いている女性かな…」。

これだけ、聞けば、誰だって、行きたくなるではないか。このオーロラの活発期は、太陽のコロナの関係で、十一年周期であるらしい。次の活発期は、三年ほど後だと言う。丸山氏は、その年、また、その撮影場所であるカナダのイエローナイフへ行くという。そして、私にとって、聞き逃すことの出来ない、大切な言葉が、彼の口から、飛び出した。

P1020893ah 「あのねー、あのオーロラに出会うと、誰にでもやさしくなれるんだよ!、不思議だねー」「そうかー、アメリカの宇宙飛行士や臨死体験者によく見られるあの現象と同じだなー…」「そう、そうかもしれない」、「今度、この俺も是非連れてってくれよ!」、「いいけど、病み付きになるよ!」、「かまわん!」。

忙しいスケジュールの彼を教会の駐車場まで出て、見送る時、突然「ピーポー、ピーポー」と、年の瀬の静寂を破る救急車の音が響き、丸山祥司氏の手の中で、大きくなって、止まった。彼の携帯の呼び出し音だった。う~む。

「いやー、この音を聞くとね、何故か落ち着くんだよね、元気が出てね、現役で記者をやってたころのフットワークを、この歳の今も維持して行こうと、ファイトが湧くんだよ!」。「う~む、今なお、現役の記者魂を失っていないんだな!」。「今のは、来年の取材の件の連絡」、そう言って、いい顔をして笑った。

P1020904h 私は、縁あって、共同通信記者や信濃毎日新聞の何人かの記者に、大変お世話になっていて、今も忘れてはいない。そんな共通の人間関係もあり、丸山祥司氏とは、たった一回の白鳥湖での出会いだったのに、こんなにも親しくなってしまった。どこか、気の合う、いい男なんだなー。彼の長男は今、中国訪問中の福田首相のとりまき記者の一人として、北京だそうです。「電話があってね、この正月には来れないんだって!」と、さほどさびしそうではない表情で、それでも、この時だけは、下を向いてポツンと言った。私と同い歳の六十三だもんなー。時には、歳相応の表情が出たって、不思議はない。

Ierouaah そして、丸山祥司氏は、カナダのイエローナイフの横文字と白熊マークのある荷台を屋根に付けた、厳つい四輪駆動車に、元気よく乗り込むと、大きく手を振って、私と妻、そしてすっかり、オーロラの写真に魅せられた私の三女にも、見送られ、去って行った。その車の後ろにも、「上高地道路、入車許可」だったかな、そんな大きな文字の許可証が見えた。う~む。

Ourora2130ah この丸山祥司氏に関する記事は、11/7に第一回 と、12/9に第二回 を、この私のブログに、記しています。プロの記者&カメラマンのことを記事にするのは、やっぱり、ちょっと鼻がムズムズする感じかなー。今日は、年賀状まで、早々ともらってしまいました。本当にありがとう。

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今日は吹雪く日曜 これからの一週間に備えて 心を改める日曜礼拝&日曜幼稚園

12202 伊那高原の今朝は、吹雪く感じで雪が舞い始めています。天気予報通り、寒波に覆われた年末年始になるのでしょうか。このような乾いた感じの雪の時は、長野県の北部へ行くほど雪の量が多くなる傾向があります。

これから、私たち家族は安曇野にある教会&幼稚園へ、日曜礼拝に向かいます。長野県中部である安曇野地方は、ここ南部の伊那高原より雪が量が多い一日になるかもしれません。いよいよ、スノータイヤの出番のようです。

一年には、年末があり、心新たに新年を迎えるサイクルがあるように、私たちクリスチャンには、一週間サイクルの始めとなる、この日曜日が、過ぎ去った一週間を振り返り、そして、心を新たにして、次の新しい一週間に向かうために、聖書に聴き、祈り、賛美する日曜日なのです。朝十時十五分から一時間ほどの、心のリフレッシュの時です。さあ、私はこの礼拝に出席します。あなたは、この吹雪の中を来るのか。これは、あなたの問題だ。そして、私の問題です。

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2007年12月29日 (土)

ドラマ 人間模様 「夢千代日記」に感動 「 みんな それなりに 頑張って 生きている」

P1020892ah この年末に、NHKBS2で五回に渡って再放映された、吉永小百合主演の、ドラマ人間模様「夢千代日記」を、ついに、録画分も含め、全て観てしまった。冬の暗い日本海沿いの芸者の置屋を舞台とした古いドラマではあったが、それぞれに、自分の運命を背負いながら懸命に生きる、一人ひとりの人間模様を、深くえぐりながら描いていた。

客が二三人のストリップ劇場で、バイオリンを弾く青年と、小さな舞台で一枚ずつ着物を脱いで行く女性。その舞台を見上げ、一人の芸者がつぶやく。「みんな、それなりに頑張っとる…」と。この冬の日本海の海鳴りの響く温泉宿へ、殺人犯を追って来た刑事は、自分は刑事をやめることを、夢千代に告げるのだった。そして、「なんて、あったかい人たちなんだ」と、つぶやく。

人は、独りでは生きられないのだ。それを知っているなら、人が、人を、裁くことが、そして、懸命に生きる、その生き方を、一方的に、軽蔑することが、本当に出来るのだろうか。

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今年の大晦日は、家族五人で、感謝して

P1020882h 今、犬との散歩から帰ると、風呂場と洗面所から高三次男と、東京町田の養護施設から、一週間の休みで昨夜帰省した三女の笑い声がして、どうやら、妻の号令がかかっての年末の大掃除の最中らしかった。いいことである。

P1020885h 伊那市内の美容院で美容師をしている次女は、明日まで勤務があり、今日も出勤している。妻は、大型の食器棚の掃除に精を出していた。まあ、私は庭の手入れや、片付けなどを普段からやっているから、特に暮れの大掃除とは関係ないことにしてもらっている。長男と、長女は、それぞれに結婚して、塩尻市と安曇野市に自宅も持ち、頑張っている。

P1020886h 昨夜は、大雨であった。しかし、朝には止んでいた。今日は午前中に、三峰川へ散歩に出た。川の土手から見る西山には低く雲がかかっていた。何だか春先のようなゆるんだ陽気で、風もなくて、手袋もいらない散歩だった。私は川の流れの音を聞くのが好きで、今日も座る場所を撰んで、静かに耳を傾け、ゆっくりと流れる時間も味わった。

P1020888h 帰りに、大型書店に寄って、あちこちと立ち読みして回った。驚きました。あのハリーポッターシリーズは、日本で千六百万部、世界では二億五千万部も売れているらしい。魔法の出来る少年の物語だが、この本に限っては、若年層をも活字の世界に引き寄せているんだなー。日本でも今年は、佐賀のがばいばあちゃんやホームレス中学生が百万部を突破しているようだ。私は活字中毒とまでは、いかないが、やはり毎日、それなりに読書をしないと落ち着かない。

次男の面接試験対策を家族でしていた時、「最近読んだ本と、その感想を聞かせて下さい」と聞かれた時のために、普段まったく読書などしていない次男に、私の持っていた「ホームレス中学生」を、三日ほどで、読ませた。そして、我が家で模擬面接試験をした時、この質問を次男にぶつけたのだった。

12128 すると、次男は、「はい!、最近では、父にすすめられて、<ホームレス中学生>を読みました。読んだ感想は、えーと、この中学生は、お母さんも、お父さんもいなくなり、住むところもなくなって、公園で暮らす生活で、本当に大変だなーと感じ、今の自分は、すごく贅沢な暮らしをしているので、感謝しないといけないなーと、思いました」と、答えて、いたく、妻を感動させた。その次男も、何とか進路が決まり、来月からは、友だちと、車の免許取得のため、教習所に通いたいと言う。「それが終わったら、シスアド試験対策に入れよ!」と約束させようとしたら、「在学中には絶対とるから」とかわされてしまった。やれ、やれ。

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オランダ人は散歩が好き「犬と歩けば伴侶に出会う」。 安全な散歩も出来ない、今の日本

125pxflag_of_the_netherlandssvg1 昨夜のNHK深夜便のワールドニュースでは、オランダ在住の日本女性がレポートしていた。オランダ人は歩くことが好きで、雨の日でも風の日でも、とにかく外を歩くらしい。そして、「犬と歩けば、伴侶に出会う」と言った、格言もあるのかなーと、思える出来事があったらしい。

このレポーターの女友だちは、犬との散歩途中に出あった人と、最近結婚式を挙げて、招かれたとのこと。そして、その結婚式には、その縁結びとも言える犬も、もちろん同席したとのことだった。う~む。いい国だなー。

しかし、日本はもうよい国ではなくなってしまった。若い女性が、犬と一緒に散歩するには、場所や時間を選ばないと、犯罪に巻き込まれる可能性の高い国になってしまった。そして、子どもたちや犬たちが自由に外で遊べない国、日本。いったい、いつから、こんな国になってしまったのだろう。私はオランダという国については、ほとんど知らないが、今の日本よりは、とても素晴らしい国に思える。

Fusha111 このオランダについて、少し調べてみた。そこで、出あった一文と写真を参考に載せておきます。「一面に咲くチューリップ、ゴーダやエダムといった丸くて大きなチーズ、そして風車。オランダの印象として、この3つが揚げられることが多い。確かに、チューリップとチーズはオランダの代表的な輸出品だが、この国を訪れたら見て欲しいものが、もっと一杯ある。レンブラント、フェルメール、ゴッホといったオランダ生まれの画家たちの絵画、デルフトやマッカムといった陶器で有名な小さな町、歴史的要所マーストリヒトなどなど。そして、低地王国オランダは、自転車を借りて自由に走りまわってみたい。そうすれば、より身近に人々の生活や自然を感じることができるだろう」。何だか、私も犬と一緒に行ってみたい国だなー。

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2007年12月28日 (金)

奄美の黒ウサギ映像に 二十年前の感動再び

P1020879ah だいぶ以前にもTVで観た、奄美の黒ウサギが、地面の中にトンネルを掘り、そこで出産して、子育てをする様子を映像でとらえた番組の再放送を、NHKハイビジョンで、再び観ることが出来ました。今回は録画も出来た。(28日午後3時NHKHV特集「日本人カメラマン野生に挑む」、浜田太カメラマン)。

以前、安曇野にある豊科シオン幼稚園で、園児たちと飼っていた小さなパンダうさぎの母親が、うさぎたちの運動場にしていた小さな囲いの地面に穴を掘り、砂場横に置いていた、漬物の重石にしていた、その下までトンネルを通し、その大石の下に、口でむしりとった自分の胸毛で、柔らかな巣を作り、そこに小さな赤ちゃんを産んで、授乳したりしていたのを、私は偶然に知ったのだった。私は、両手で持ち上げた、その石の下に、その巣を偶然に、発見し驚き、そして、その石を注意深く元に戻したのだった。

P1020880ah その時のパンダ母うさぎは、園児たちがいなくなった夕暮れに、囲いの中の地面に穴を掘り、そのトンネルを通って、砂場横の石の下の巣まで行き、授乳を済ませると、また戻り、その入り口を、ていねいに埋めて、前両足を揃えて、パンパンと音をたてるほどに固めていたのだった。うさぎには、このように、安全な地面の中で子育てをする知恵と能力があるのだ。浜田氏の観察によると、この授乳は二日に一遍だったという。

この番組の解説では、子育ての巣穴の映像は、世界で初だと解説していた。しかし、現在二十九歳で一児の母である、私の長女が、小学校低学年の頃だったから、今から二十年ほど前に、私や園児たちは、知っていたことになる。自然に生きる動物たちには、まだまだ、私たち人間には知られていない、このような感動の姿がいっぱいあるんだなー。ロウバイもえらいが、うさぎも偉い!。

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雪の舞う冬の温泉宿 可憐にうつむく その花

01022_2 前夜のNHK深夜便の録音を、聞き流していたら、「今日12月28日の誕生日の花は、蝋梅科のロウバイです」の言葉が耳に入った。そして「この花言葉は、自愛心、おもいやり、であり、12月から1月、2月にかけて、この寒い季節に、黄色い小さな花を咲かせ、その花からは高貴な香りがする」、と続き、さらに、「咲き誇るといった華やかさではなく、蝋細工のような光沢があり、ややうつ向きかげんに咲く、全開しないつつましさからついた花言葉」だと言っていた。

Han0712251ah_2 このロウバイの花は、山口の吉田向学氏のブログで、初めて知った花です。そして、彼のブログで見た、この花への私の関心は、この寒い季節に、葉もつけない寒々とした樹木から、花びらをつける、凄い花だなー、だった。そして、寒さをものともせず、雪の下でも咲く、おまえは、反骨の花だ、お前は偉い!。と、評価したのだが、私のこうした評価は、向学氏もコメントで反対していたが、うつむきかげんの、黄色で小さなこの花には、どうやら、迷惑だったかもしれない。

ラジオでは、この花を季語にした一句も、紹介していた。「ロウバイを 前に しばらく、湯のほてり 」川崎展宏 (広島県 ) 。「ある山間の温泉宿でのこと、湯から上がって、風情のあるロウバイの前で、ふと、足を止めて、湯のほてりをさましている時の一句であり、そのロウバイの、ほのかな香りにつつまれて、心のほのぼのとした余裕とか、充実の思いが伝わってくる」と、解説していた。ふ~ん。この俺も、これからの年末年始を、そんな温泉宿へ行って、湯上りに、そのロウバイの花に会ってみたいものである。しかし、いずれにしても、ロウバイは偉い!。(写真はいずれも、吉田向学氏撮影)。

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子どもは 「宝」 これを忘れた国に未来はない

昨夜のNHK総合テレビ「中国鉄道大紀行SP」を見た方は多かったと思う。この中で、その全行程に、通訳として参加した陳さんが、大らかな性格の関口智宏青年を、ビッグベイビーと呼び、それは中国語では「大宝」(ダー、パオ)と書くと説明していた。

01120 今も、中国では、子どもは「宝」なのである。かっての日本も、そうであったが、はたして、今の日本の現状はどうか?。物ばかりが溢れ、人間としての大切なものを、数多く失って発展してきた戦後日本。「本当の豊かさとは何か?」、そして、「本当に豊かな生活とは何か?」を。今一度考えさせられた中国旅番組であった。

年末年始の休みに入っている豊科シオン幼稚園の幼子たちは、それぞれに、大切な家族の中で、大切な「宝」として、元気に生活していることと思う。今年最後の12月30日()、その日曜幼稚園で、また会いましょう。

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2007年12月27日 (木)

ラジオ深夜便ファンのため ラジオ広告情報

2127ah ラジオ深夜便を、聞いている全国の高齢者の方々に、団塊の世代が、ドーンと仲間入りして、その人数はきっと凄いだろうなーと思ったりする。しかし、深夜の暗い天井方向に目をやり、孤独を感じるような時も、この深夜便は、心強い見方です。様々な人生の中にある方々が聴いているんだろうなーと、思うと、元気も出て来ます。

2126fah青く輝く、この地球と呼ぶ惑星に生れた者同士、第二の人生をそれぞれに充実して歩みたいと思う。そこで、そんなNHK深夜便ファンの参考にと、少し前にオリンパスの予約録音も出来るラジオを紹介しましたが、今日、雑誌「ラジオ深夜便」一月号を見ていたら、ソニーサン電子のラジオ広告が目に入りました。これも参考に載せておきます。

私は、来年には六十四歳になりますが、今までほとんどラジオ番組を見たり、その番組表に関心を持ったりすることはありませんでした。しかし、ラジオ深夜便の海外レポートやインタビューやエッセイなど、また、特に「心の時代」など、布団の中で、よく聞くようになりました。一月の番組表を見ると、深夜に「新春寄席」があり、私の大好きな落語が聞けそうです。しかし、夜中に一人で、新春大笑いもいいですなー。妻が怒るかなー。

01019 今日の伊那高原は、昨日と違い太陽光が明るく照り、おだやかな一日となっています。これから、犬との散歩に出ます。妻は、餅つき機を出して、米をリットルカップで量っています。昔は何合とか言って、小さくて四角い枡で量ったり、黒光りした一升枡で、母が米を量っていたなー。そうそう、確か、対角に持つところが出た、一斗枡のデカイのもあった。今は、プラスチックの計量カップだもんなー。風情がないよなー。

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「聖書」を読む年末年始にしよう 創価学会員だった昔の友は 今はどうしてる

01166昨夜は、風呂からあがり、そのまま布団に入り、いつものことだが、五分もしないうちに、ぐっすり眠ってしまった。そして今朝は四時前に目が覚めた。昨夜は、やはり、この冬一番の寒波で、猛烈な冷え込みだった。野良猫や野良犬たちは、これからの季節、大変だろうなー…。

今朝の朝日新聞一面トップは、教科書検定の、沖縄戦「集団自決」の件。「軍の関与」に関する記述が、今回復活したのは当然と言える。また、薬害C型肝炎被害者救済法案記事も一面にあった。こうした、沖縄県民大会やC型肝炎被害者を中心とした市民活動が、選挙前の自民党政権を揺さぶり、当然のことを勝ち取ったと言える。

一党独裁の今までの自民党なら、弱い市民の側は、国家権力に押し切られていたかもしれないが、今は違う。選挙によって、自民党や、それにくっつくだけになった公明党を倒すことが可能となっている。私は池田大作氏の著書も、学会員に負けないくらいは、読んでいる。しかし、仏法哲学に立つ創価学会員なら、もっと一般市民として、民衆の声を上げないとだめだ。一時期私は公明党に期待した時期もあったが、今の公明党は全くダメだ!。

Seisyo2125ah さて、我がキリスト者たちはどうだろうか。う~む。今朝のやはり朝日新聞に、世界最小聖書 の記事もあった。私は、安曇野にある今の教会に赴任して十年ほど経った頃、ガリラヤ湖を泳いで渡ろうと決意して、新約を何章、旧約を何章というように決めて、毎日、毎夜、赤鉛筆を手に、聖書を精読していた時期があった。だから、神学校時代も含めると、あのぶ厚い聖書を何回も通読したことになる。そうかー、旧約聖書だけでも、30万語あるんだなー。

最近、そう言えば、聖書をあまり読まなくなっているなー。初心に戻って、この年末と正月は、旧約の、この三十万語にも、じっくりと親しんでみよう。大学生だった頃の私が、その東京時代に親しかった創価学会青年部に所属していた、あの活発だった友は、今は、どうしてるのかなー。幹部になって、活躍してるのかなー。私は、今でも聖書を読んで、この聖書信仰に生きています。

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2007年12月26日 (水)

「安静は悪である」 日野原重明医師の言葉 「冬の風は凍死を招く」 こっちは私の言葉

P1020870ah 今朝のNHKテレビで、聖路加国際病院の日野原重明医師が、今度「安静は悪」と言う本を書きたいといっていた。ベットの上に寝かせたままの医療は、もう過去の医療であると言い切り、癌の末期患者にも、少しでも体力が認められれば、椅子に座らせ、やりたいことをさせる。また、行きたいと思う所があれば、旅行にも行かせ、最後まで充実した生の中で、納得の死の時を迎えさせる緩和医療を実践している、この九十四歳だったろうか、日野原先生は偉い!。小田実も、この聖路加国際病院で、緩和医療を中心に据えた治療を受け、死の瞬間に至るまで、家族と共に充実して生き抜いた。

P1020868ah さて、私は、パソコントラブルで、昨夜はほとんど眠っていなかった。だから、瞼が自然に閉じてしまうほど、眠たかったが、日野原先生と犬のリーに「安静は悪だ!」と、叱責を受けているような気がして、犬との散歩に出た。今日は西天竜東側の吹きさらしの田園に出たが、北風が猛烈に冷たかった。その氷のような風を避け、西天竜東側へ逃げ、林の中へ入ったが、無駄だった。そこにも冷凍庫のような風が流れていた。その辺の木蔭に腰を下ろして、眠りに落ちていれば、完全に死が待ってたに違いない。

P1020869ah 決しておおげさではなく、顔は強張りピリビリし、手袋をしていたのだが、指先は麻痺してしまった。冬山で風に吹かれることは、死を意味するらしいが、標高八百メートル前後の伊那高原でも、このような夕暮れや夜がある。今度から、エドウィンの本格ジャケットを着て、手袋もスキー用にしないといけない。雪よりも、風の方が恐い。

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融通の利かない パソコンとの関係は 人間関係にも似て、難しいもんだなー

Buz033_2 昨夜は、簡単に出来るはずだった、ラベルマティーのインストールの、サンプルディスクの方がうまく行かず、だんだん泥沼に入り込み、パソコンのあちこちを操作しまくり、スタート→コントロールパネル→プログラムの変更で、削除を行なったりしているうちに、何だかパソコンが狂い始めてしまった。

パソコンというやつは、順調に機械的に行く時は実に気持ちよく付き合いやすいのだが、一旦、こちらの操作とパソコンのやり取りに、食い違いが起こると、実にやっかいである。融通が全く利かないのだ。だんだん私の頭も混乱して来て、興奮状態となり、どんどんおかしな操作でパソコンも、フリーズしたりする。う~む。時計を見上げたら、何と、午前三時半を回っていた。

Misc029_2 結局、スタート→すべてのプログラム→アクセサリ→システムツール→システムの復元で、12月23日(日)の過去へタイムスリップさせて、乱暴にパソコンにサヨナラをして眠りにつこうと布団にもぐりこんだが、どうもおもしろくない。うとうとしただけで朝が来て、また六時半から、今度は冷静にパソコンと向かい、話し合ってみることにした。

Book_11h1しかし、今度はローカルディスクCの空き容量が、一気に少なくなっていて、気になった。そこで、プロパティーでツールを出してあれこれやっているうちに、またまたおかしくなって、私もパソコンも、また狂ってしまった。そしてまた、過去へワープして復元。そんな私のイライラをよそに、妻は京都から送られて来た、正月料理の棒鱈の煮付けに入ったらしく、家の中が、棒鱈のにおいだらけ。こういう時は、私にとっては反骨の花、まだその香りに出会っていないが、ロウバイの花のにおいの方が落ち着くのかもしれない。しかし、まあ、私とパソコンは、完全に2007.X'mas前に、タイムスリップして、何とか立ち直ったわけである。そして、DVDへのラベル貼りは、あきらめた。油性マジックで、直に書いておけばよい。

追記…スパイウイルス1と他のウイルスも1、ウイルスバスターで今駆除して、昼を回って、ようやく私とパソコンの関係も、元の良い状態にもどりました。あー、眠い!。

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2007年12月25日 (火)

我が 犬との散歩 運動靴人生 そして 書店で小誌 「ラジオ深夜便」一月号(350円)を購入

P1020863ah 教会関係の仕事で、二件の家と病院を訪問後、そのまま、久しぶりに三峰川へ犬との散歩に出た。うす曇りの冬の空だった。河原の風景も、その向こうに望む西山の峰も、やはり冬のそれだった。冷たい風の中だったが、首にはバンダナを巻き、レッドソックスのスタジャンを着ているから、寒さは感じない。しかし、手袋は、やはり必要な風の冷たさだった。

P1020862ah 今朝の朝日新聞に、歩くことの効用として、①体重減  ②血管年齢が若返る ③気持ちも一歩前向きに  と、見出しがあった。その見出しを見ただけで、記事は読まなかったが、自然の中を歩くことは、爽快であり、生きる活力に繋がることは確かである。まあ、私の場合、犬たちのおかげで、二十年以上、ほぼ毎日、歩き続けて来た。運動靴は、毎年春先に新しいのを、購入しているが、底の減りが早い。スーツを着るような時も、足元はいつも運動靴である。革靴はきらいである。ついでにネクタイも大嫌いである。

帰りに、ヤマダ電機に寄り、ダビングした九本のDVDに貼るラベルと、X'mas案内や年賀状印刷などで、残量がすくなくなったエプソンの四色インクカートリッジを購入。そして、パソコンコーナーを見た。私の今のパソコンは、メモリーが256MBしかなく、操作が、どうしても遅い。最高1GBまで、増やせるが、もう五年ほど使っているパソコンである。店に並ぶパソコンは、メモリー数が、増設すれば最低でも2GBである。ウインドーズビスタの場合、最低でも、2GBのメモリー数がいるらしい。う~む。しかし、今のパソコンで我慢しよう。勝負は内容と使い方だ!。

51nbj2qguglah 次に大型書店TUTAYAに寄って、あちこちと見て回ったが、結局、目に留まってレジに持って行ったのは、ラジオ深夜便2008.一月号定価350円の一冊だった。一月の全ての番組表が載っていた。ラジオの横に置いておけば、予約録音に便利である。書店を出ると西山の上に薄い夕焼けが広がっていた。明日も天気の崩れはなさそうである。

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幼稚園は 今日から 年末年始の冬休みです

12060 今日から安曇野にある豊科シオン幼稚園は、年末年始の冬休みに入ります。近隣の小学校や中学校も、今週の28日頃からは、休みに入ります。この2007年も後、一週間で終わりです。園児たちは、各家庭にあって、幼くても、大切な家族の一員として、あたたかく家族みんなに受け止められ、そして、愛されている喜びから来る自信の中で、自分から進んで、自分の出来ることは自分で行い、さらにお手伝いにもチャレンジする冬休みとなることを、願っています。

また、家族での特別な旅行などがない限り、日曜日には、家族皆で、日曜礼拝&日曜幼稚園に出席しましょう。今度の12月30日()が、2007年最後の日曜日となり、新しい年2008年は、1月6日()が、最初の日曜礼拝&日曜幼稚園です。幼稚園スタッフ一同の名前で、クラス担任よりみんなの家に年賀状が届くと思います。来年はネズミ年みたいだね。考えてみると、この十二支は、おもしろい。ちなみに、私はサル年です。そして、長男のところに生れた、今三歳の孫もサル年。この孫とは、いったい十二の何倍の開きがあるんだろうか。そうかー、五倍、すなわち歳の開きは、六十あるんだなー。

12215 この年末年始の休みには、みんなへのX'masプレゼントの中にあったと思うけど、そのカルタも家族みんなで楽しんでみよう。トランプは、どうかなー、出来るかなー。そして、剣玉、縄跳びも頑張ってみよう。どんなに寒い日でも、家の中ばかりで生活しないで、家の人と、近所でいいから、安曇野の風を受けて、散歩したり、近くの広い公園などで、ジョギングもしてみよう。それでは、良い年末年始の冬休みを!。また、日曜幼稚園で会おうぜ!。

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2007年12月24日 (月)

伊那高原を歩く 風冷たく 私と犬の陰は長い

P1020846ah 南西から斜めに照る冬の陽射しが明るいのだが、北風がとても冷たかった。しかし、そうした冷たい風に、今の季節を教えられる。そして、見慣れたはずの西山だが、今日もやはり新鮮だった。しばらく立ち止まり、私は雲の動きを見つめていた。こうしたゆっくりと流れる時間の中に身をおくのが、私は大好きである。

P1020859ah 今日は少し遠回りをして四十分ほど歩いた。そんな私と犬の陰が、足元の冬の地面に、時には長く、時には大きくクッキリと映し出されるのだった。この、自分の足で歩く一歩ずつは、とても爽快である。

散歩から帰り、遅い昼食を済ませ、今、テレビデッキに録画されているHDDから、DVDに小田実の「遺す言葉」をダビングしている。そして、また引き込まれて、パソコンに向かいながら、横目で、時々観ているが、小田実は、頭もいいし、すごい男だったなーと改めて思う。

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クリスマスイブにふさわしい 宮澤賢治の「雨ニモマケズ」 心にしみじみと響いてきます

今日の伊那高原の陽射しは、早朝から明るく強かった。午前中に妻が私の寝具をベランダに全て干して、部屋も掃除してくれた。一時間ほどしか干さなかったのに、枕カバーも全て洗濯したものに取り替えてもらい、早朝に起きて、パジャマ姿のままだった私は、その整った布団の中へ、潜り込んだら、いつしか眠っていたようだ。

気がつくと、枕元でスイッチを入れたままにしていたラジオから、弾き語りらしいピアノ音を中心とした歌が流れていた。何処かで聞いた歌詞である。そうかー、宮沢賢治の「雨にも負けず」だと気づいた。メロディーや歌声はともかく、いい詩だなー、と思いつつ、起き上がってリビングへ出た。

しかし、妻の姿はなく、どうやら、今夜のケーキなど、我が家のクリスマスイブの食材を買いに出かけたようで、犬のリーだけが、食卓の向こうから起き上がって、私と同じような寝ぼけた顔でのっそりと出て来た。壁時計を見ると午後一時を回っていた。う~む。昨日の豊科教会&シオン幼稚園のX'mas礼拝までの一週間、けっこうハードに動き回っていたもんなー。やっぱり、俺も歳だもんなー、疲れも出るよなー。

「雨ニモマケズ

宮澤賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル


一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキ小屋ニイテ
東ニ病気ノ子供アレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニ疲レタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウモノニ
ワタシハナリタイ

41kt0m10r5l_aa240_1_2今朝の新聞で、NHKラジオ欄を調べると、どうやら歌っていたのは、宇佐元恭一というシンガーソングライターらしいことがわかった。インターネットで調べてみると、やはり、そのCDも出ていた。私は購入しないけど、参考のため、ジャケットを、ここに載せておきます。さて、夕暮れには少し早いが、近所へ犬との散歩に出ようと思う。

しかし、宮澤賢治はよい詩を書くなー、私が初めて、この詩に出会ったのは、小学校の教科書であった。確か授業で暗記させられた記憶もある。今夜のクリスマスイブに、ふさわしい、心にしみじみと伝わってくる詩のように思えます。

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関口知宏の「中国鉄道大紀行」最長36000キロをゆく

今日の伊那高原は、明るい朝陽が我が家の東側の窓ガラスをオレンジ色に照らして、家の中全体が、真夏日のように明るい。妻は、台所で次女と次男の弁当を作り始めようとして、「あ!」と、声をあげた。そして、今日は全国的に休日であることに気づいたらしく、一人で笑っていた。

Tyugokuah私の今日は、ビデオデッキ本体のHDDに、録画しておいた「中国大紀行」春編四本(一本が一時間四十五分)と秋編四本の長編番組を一応、DVDにダビングしておくことにした。ビデオデッキのHDDの録画容量を空けて、これからの年末から正月にかけて、良い番組に備えたいと思ったからです。

まだ確認してないが、年末から正月にかけて、宇宙の創生や生命などに関する最新の科学番組があったらいいのになー、と思っている。私は世界各地の旅番組、そして野性の動物たち番組が好きなのだ。そう、旅と言えば妻の兄さん夫婦は、子育ても終わり、神戸に暮らしているが、来年の四月から四ヶ月ほどの世界旅行に出るらしい。いつだったか、新聞の全面広告で、私も見たが、船全体が巨大ホテル化した、豪華客船で行く世界旅行のようです。

49880172251581 「あれは、一人であっても何百万もかかる旅なんだろうなー」と、私。「おとうさんは、一人でアメリカや、イギリスも、そしてイスラエルにも行って…、私は何処にも行ってないんですけどー…」と、妻が言う。よけいなことを私は言ってしまったようだ。そこで私はテレビの前で、DVDへのダビング操作をしながら、「そのうち、車をキャンピングカーに改造して、季節のよい時に、東北地方を回ってみるか?」。しかし、妻は信用しない、「いつも、一人なんだから…」と。まあ、健康でいれば、いつの日か…。それに、伊那高原にいても、安曇野にいても、日々これ感動の小さな旅である。

しかし、この「中国鉄道の旅」は、私も妻も好きで、もう、大げさでなく、長い期間をかけてではあるが、ヨーロッパ編も含めると、何十時間も観たことになるなー。今度は、ロシア、インド編をやってくれないかなー。

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2007年12月23日 (日)

安曇野の豊科教会は ホワイトクリスマス

P1020834ah伊那高原の自宅から、中央高速道で、安曇野にある豊科教会&幼稚園の、2007 X'mas 礼拝に向かった。伊那高原は昨夜からの湿った雪が明け方には雨にかわり、曇り空だった。ところが、山間部の塩尻峠の二つの長いトンネルをぬけると、正に雪国であった。「おー!、今日はホワイトクリスマスになったなー!」と、私。山 間部は五センチから十センチの積雪だった。安曇野の教会に到着すると、そこにも二三センチの積雪があった。

礼拝説教では、マリヤが、天使から懐胎の告知を受け、驚きの中で、一旦、その天使の言葉を拒否するが、すぐに思い直す。そして、「御心がなりますように…」と祈る。その聖書個所を語った。この礼拝後の祝会で、七名の園児が演じる「聖劇」の一場面、そこでのマリヤの台詞、「いえいえ、とんでもありません!」の言葉を例に語りました。

P1020840ah 人生には、様々なことが、この身に、そして肉親や愛する周囲の人々にも起こる。肉親の思いがけない死も、その一つでしょう。そして私たちは、その現実の前で、一瞬たじろぎ、「とんでもないことが!…」と、目の前が真っ暗になる。「どうして、このようなことが!」、と絶句し、とうてい、そんな現実を受け入れる心にはなれない。この時の、マリヤがそうでした。しかし、園児が演じるマリヤは、もう一度祈りの姿勢をとり、立ち上がると、「神さまの御心が、この身になりますように…」と、天使に向かって明確に応えます。聖書の言葉や物語は、このように、到底信じられない、この世の常識や科学を超えた、様々な事象を私たちに突きつけ、「神に信頼するものになりなさい!」と呼びかけている。そして、この時のマリヤのように、「神の御心」として、自分が越えなければならない運命として、その現実を引き受ける信仰に立つとき、人は強くされ、生きる勇気と希望を、取り戻すことが出来る。と、そんな内容の私の説教でした。

P1020844ah また、豊科シオン幼稚園に三歳の男の子を入園させている若い母親が、今日のクリスマスで、洗礼を受けた。もう五年近く、日曜礼拝に出席していた姉妹である。そして、聖餐式も行いました。今日、聖餐式に与った兄弟姉妹は、全部で十六名。また、私の、このブログを見て、安曇野市の中学校の男性教師が、この日初めて礼拝に出席された。「心をリセットされた思いです」と、紹介の時に語った。あと、高槻市から安曇野に来ていた、ご夫妻も出席された。やはりインターネットで、この教会を知ったとのこと。幼稚園卒園生も、クリスマス礼拝と言うことで、何人かが出席。普段は二十名ちょっとの礼拝出席の教会ですが、この日のクリスマス礼拝出席者は、会堂いっぱいの四十三名でした。

P1020842ah 全ての人々が帰った午後二時過ぎ、会堂の外へ出て、この朝、園児たちと鳴らした、会堂玄関上の鐘のある塔を見上げると、深く澄み渡る青空をバックに十字架が輝いて見えた。そして、ステンドグラスにも、南からの西日がさんさんと、降り注いでいました。

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英訳版

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2007年12月22日 (土) December 22, 2007 (Saturday)

「クリスマス」つて、何? イエス キリストって誰? "Christmas" contacts, what? Who is Jesus Christ?

Book_11h 今から二千年の昔、イスラエルの地、家畜小屋の飼い葉桶の藁の上で、布にくるまれた、産まれたばかりの男の子が眠っていました。 The past two thousand years from now, the land of Israel, the feeder cattle shed on the straw, wrapped in cloth, just産まれたboy is asleep. その子の家族、父親の名はヨセフ、そして母親の名はマリヤでした。 The child's family, his father's name was Joseph, and his mother's name was Marija. でも何故、ロバや羊などのいる家畜小屋で、出産があったのでしょうか?。 But why, and the donkey and sheep in the barn, was giving birth?. それは、この夫婦は旅の途中であり、泊まろうとした宿屋は、このヨセフやマリヤと同じ多くの旅人でいっぱいで、彼らには泊まる場所がなかったのです。 It is a journey in the middle of this couple, and泊まろうinn, the same Joseph Marija and filled with many travelers, they did not stay at the location. 聖書にはハッキリと、そう記されています。 And the Bible is clear, it enshrined.

でも、何故、臨月を迎えていた妊婦が、長い旅の途中にあったのか?。 But why, it was greeted with a full-term pregnant women, it was a long journey in the middle?. その旅の目的とは何だったのでしょうか?。 What is the purpose of the trip was it?. それは、絶対的な権力を持つ、ローマ皇帝の命令で、植民地であったイスラエル人たちは、それぞれの生れ故郷の役場に、家族の人数などを届けなければならなかったのです。 That is, with absolute power, the Roman emperor's orders, Israel was a colonial people are born each office's hometown, and the number of families had to届けなけれ. その届けた家族の頭数によって、税金が課せられたのです。届けたby the number of families, the tax is imposed. これが「人頭税」でした。 This is the "poll tax".

その家畜小屋で生れた赤ちゃんには、「イエス」という名前がつけられました。生れたbaby in the barn, "Jesus" on the name. 日本式の名前にすると、神共(かみとも)と、言ったような、神さまがいつも一緒にいて下さるという意味内容を持つ、当時のイスラエルでは、あちこちに、たくさんあった名前だったようです。 Japanese name, the co-God (and biting), I said, God is always with content and language have meaning, then Israel in the summer, it was like there was a name.

しかし、やがて、このイエスには、救い主を意味する「キリスト」が付け加えられ、「イエス キリスト」と呼ばれるようになります。 But eventually, this Jesus is the savior meaning "Christ," added, "Jesus Christ" and called it. そして、二千年を経た今、「聖書」を通して、世界中の多くの人々に知られる名前となっています。 And after two thousand years now, "Bible" through the world known to many people in the name. この二千年前の、家畜小屋と言うより、馬小屋と言ってもよいのですが、汚れた飼い葉おけの藁の上に、寝かせられた、救い主イエス の誕生を感謝し、祝うのが、クリスマスなのです。 The two thousand years ago, say from barn, stables can say, but a dirty manger of straw on the unsold by, thanks to the birth of Jesus Savior, is celebrating Christmas, 's. え!、知ってる!。 Oh!, I know. あー、そうですか。 Oh, yeah? でも時々、豊科シオン幼稚園に入園して来る三歳とか、四歳とか、五歳の、女の子や、男の子に、「クリスマスって何だか、しってる?」て、私が聞くと。 But sometimes, Sion Toyoshina kindergarten admission age to come three or four years old and five years old, a girl and a boy, "What is Christmas, Hush?", I asked. 確かに、ニッコリとして、うなずきます。 Certainly, and NIKKORI, UNAZUKIMASU.

12045 そこで、「クリスマスって、何?、どんなことするの?」て、再び聞くと、たいがい「サンタさん!」とか、「クリスマスケーキ!」と、言った言葉が返って来ることが多いのです。 Therefore, "It's Christmas, what?, What would you make?", And listen again, very likely, "Santa!" Or "Christmas cake!" And said words often come back. それから、クリスマスツリーなどを思い浮かべて、プレゼントなどのことを、うれしそうに話す子もいます。 Then, thinking of the Christmas tree and the presents and that the children talk cheerfully. 世界の国々よって、民族によって、このクリスマスが、どのように受け止められているのかは、こうした日本の幼児と同じように、様々だろうと思います。 So the countries of the world, ethnic, this Christmas, how it is being taken, such as Japan and the infant, it would be different. 全く知らない人々や子どもたちもいるでしょう。 Challenged people and even children. 誰かが正しく伝えなければ、誰だって知らないままです。 Someone伝えなけれcorrectly, I do not know who remain.

そして、犬や猫たちやカラスなんかも、やはり、知らないでしょう。 And for dogs, cats and crows kind, it's still, you know. まあ、知らなくてもかまわないと、私はおもいます。 Oh, and can afford not know, I was OMOIMASU. 子猫が親猫の愛を知り、野良母犬が、橋の下などで懸命に子犬を育てる姿の中に、私は、二千年前のあの馬小屋の中の家族の姿、 信仰の姿と、重なる「愛」を見るからです。 Kitty cat love to know the parents, the mother dog farm, under a bridge and struggle to raise a puppy in sight, I am a stable two thousand years ago that figure in the family, and faith figure , overlap "love" to see. 「愛」かー!、こうやって書くと、何か陳腐な、やすっぽい日本文字にも感じられ、実感が湧かないなー。 "Love"!, And I try to write something banal, the characters also feel YASUPPOI Japan and unrealistic for me. 「慈悲」、「情愛」、「やさしさ」「心のあたたかさ」、このような言葉の方がいいのかなー。 "Mercy," "affectionate" and "Tender," "warm heart", these words do better for me.

しかし、やはり、日本語の場合、「愛」かもしれないなー。 But still, Japanese, "love" might envy you. 私は今「信仰」という言葉を使いました。 I have "faith" in a 7.3. この「信仰」は、科学で証明したり、数式に書いて、確定できるものではありません。 This "faith" is a proven science and writing formulas, that is not determinable. 言葉で説明しようとすると、極めて説明困難な、あいまいなものです。 Words in trying to explain the unexplained extremely ambiguous. だから、「いわしの頭も 信心から」なんて言葉だったかなー、があるし、「宗教はアヘン」とかの言葉もあります。 So, "IWASHI of faith" was the word I envy you, have, "the opium of religion" or words. 宗教の世界の醜い様々な歴史や、新興宗教の恐い面もいっぱい見ている現代です。 Various religious ugly history of the world, afraid of a face full of cult sees today.

12055 でも、そんな逆風の中でもなお、聖書信仰に立って、「誰かが、正しく伝えていかなければ」の使命を感じて、伝えている人々が世界中にいるし、その数も決して少なくないと私は思っています。 But such a headwind in the Bible standing faith, "Someone, we reported correctly," the mission feeling, and tell the people around the world, many of the number and I never I would. そして、私たちの豊科教会も、安曇野の地で、十字架を掲げて、戦時中には、牧師が突然いなくなったこともあり、いろいろあったようです。 And our church Toyoshina, Azumino land, the cross platform, wartime, the pastor suddenly it disappeared, and there was a lot. また、今は、私のようなのが牧師をしてるから、時には波風も立つけど、様々に支えられて、私の前任の何人もの牧師と、多くの信徒たちによって、今日まで、百十年以上に渡って、安曇野の地域の中で、歩んできました。 And, now, it's like I was doing a pastor, sometimes stormy, but also stand on the various supported by my predecessor's pastor and many, many believers who, until today, more than 110 years across the region in Azumino, has been behind. そして、これからも、聖書信仰を正しく伝えるために、一歩ずつ、前進したいと願っています。 And, we also convey properly for the Faith Bible, one step at a time, he hopes forward. それで、豊科教会&シオン幼稚園では、明日、12月23日( )午前十時十五分からクリスマス礼拝と祝会が行ないます。 So, Toyoshina & Zion Church in kindergarten tomorrow, December 23 (Sunday) from 10:15 worship and Christmas holiday Council here.

この西暦2007年というのは、イエス誕生を起点とした年の数え方で、イエスが誕生してから、今年で2007年、そして来年は2008年目ということなのです。 The Year 2007 is the year of Jesus's birth origin and counting, and then the birth of Jesus this year, in 2007, 2008 and the next year it's the eyes. 馬小屋での、イエス誕生の年は、歴史学者の間で三年程度のズレがあったりしますが、ほぼ正確なものであると、されているようです。 Stable in the year of the birth of Jesus, the historian of overlap between three years and there but it will be nearly exact, it seems to be.

しかし、生れた日時については、不明なようです。 But生れたdate of the unknown. でも、この12月25日というイエス誕生の月日をいいかげんに決めたわけではありません。 But the birth of Jesus on December 25 that skimp on the dates is not decided. 聖書信仰に立つ人々が、真剣に考え、そして、しっかり話し合い、決めたようです。 Stand people who believe the Bible, seriously considered, and the dialogue firmly, decided. それで、いいと私は思っています。 So, I feel good. 正確に特定出来なくても、イエスが誕生したことは事実なのですから。 Exactly been prevented, the fact that Jesus was born of.

安曇野にある教会&幼稚園の周りには、今、三匹の子猫たちがいます。 Church & Azumino located around kindergarten, now, three of their kittens. おそらく、近所の古い空き家のどこかで、生れたらしいのですが、その誕生日は不明です。 Perhaps, somewhere in the neighborhood of the old abandoned house,生れたらしいbut it is unclear birthday. その親猫にいたっては、皆目分かりません。いたっparents of the cat, have the slightest difficulty. でも、この野良猫たちにも誕生の時は、確かにあったのです。 But the stray cats when they are born, it does happen. その親子の猫たちの「いのち」は、これからの厳しい冬に、立ち向かおうとしています。 The cat's parents and children who are "life" in the coming winter, and立ち向かおう. メリー、クリスマス、猫たち!。 Merry Christmas, the cats!. おまえたちだって、救いから、もれることはないと、私は信じているんだよ!。 Because you are the salvation from the MORERU not, I believe it!.

上記の英訳版が、グーグルのautomatically  translatedのページに載っていました。うまく英訳できていない個所は、たぶん、私の日本語が、英語的には、合理的に、表現できていないことが理由だろうと思う。これから、私たち家族は、安曇野の教会&幼稚園へ、2007X'masの礼拝と祝会に向かいます。

ちなみに、豊科教会には、米国に滞在したり留学したことのある方が三人いて、この三人は、私の説教を、時たま訪れる英語圏の人たちに、いずれも同時通訳することも出来ます。一人は、ハーバードにも学び、大学で英語の教授だった方、あとの二人はまだ四十代の主婦で、仕事や他の理由で米国に滞在経験を持った方です。今日の祝会では、園児たちが、英語でも、賛美歌を何曲か、発表します。

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2007年12月22日 (土)

「クリスマス」つて、何? イエス キリストって誰?

Book_11h 今から二千年の昔、イスラエルの地、家畜小屋の飼い葉桶の藁の上で、布にくるまれた、産まれたばかりの男の子が眠っていました。その子の家族、父親の名はヨセフ、そして母親の名はマリヤでした。でも何故、ロバや羊などのいる家畜小屋で、出産があったのでしょうか?。それは、この夫婦は旅の途中であり、泊まろうとした宿屋は、このヨセフやマリヤと同じ多くの旅人でいっぱいで、彼らには泊まる場所がなかったのです。聖書にはハッキリと、そう記されています。

でも、何故、臨月を迎えていた妊婦が、長い旅の途中にあったのか?。その旅の目的とは何だったのでしょうか?。それは、絶対的な権力を持つ、ローマ皇帝の命令で、植民地であったイスラエル人たちは、それぞれの生れ故郷の役場に、家族の人数などを届けなければならなかったのです。その届けた家族の頭数によって、税金が課せられたのです。これが「人頭税」でした。

その家畜小屋で生れた赤ちゃんには、「イエス」という名前がつけられました。日本式の名前にすると、神共(かみとも)と、言ったような、神さまがいつも一緒にいて下さるという意味内容を持つ、当時のイスラエルでは、あちこちに、たくさんあった名前だったようです。

しかし、やがて、このイエスには、救い主を意味する「キリスト」が付け加えられ、「イエス キリスト」と呼ばれるようになります。そして、二千年を経た今、「聖書」を通して、世界中の多くの人々に知られる名前となっています。この二千年前の、家畜小屋と言うより、馬小屋と言ってもよいのですが、汚れた飼い葉おけの藁の上に、寝かせられた、救い主イエス の誕生を感謝し、祝うのが、クリスマスなのです。え!、知ってる!。あー、そうですか。でも時々、豊科シオン幼稚園に入園して来る三歳とか、四歳とか、五歳の、女の子や、男の子に、「クリスマスって何だか、しってる?」て、私が聞くと。確かに、ニッコリとして、うなずきます。

12045 そこで、「クリスマスって、何?、どんなことするの?」て、再び聞くと、たいがい「サンタさん!」とか、「クリスマスケーキ!」と、言った言葉が返って来ることが多いのです。それから、クリスマスツリーなどを思い浮かべて、プレゼントなどのことを、うれしそうに話す子もいます。世界の国々よって、民族によって、このクリスマスが、どのように受け止められているのかは、こうした日本の幼児と同じように、様々だろうと思います。全く知らない人々や子どもたちもいるでしょう。誰かが正しく伝えなければ、誰だって知らないままです。

そして、犬や猫たちやカラスなんかも、やはり、知らないでしょう。まあ、知らなくてもかまわないと、私はおもいます。子猫が親猫の愛を知り、野良母犬が、橋の下などで懸命に子犬を育てる姿の中に、私は、二千年前のあの馬小屋の中の家族の姿、信仰の姿と、重なる「愛」を見るからです。「愛」かー!、こうやって書くと、何か陳腐な、やすっぽい日本文字にも感じられ、実感が湧かないなー。「慈悲」、「情愛」、「やさしさ」「心のあたたかさ」、このような言葉の方がいいのかなー。

しかし、やはり、日本語の場合、「愛」かもしれないなー。私は今「信仰」という言葉を使いました。この「信仰」は、科学で証明したり、数式に書いて、確定できるものではありません。言葉で説明しようとすると、極めて説明困難な、あいまいなものです。だから、「いわしの頭も 信心から」なんて言葉だったかなー、があるし、「宗教はアヘン」とかの言葉もあります。宗教の世界の醜い様々な歴史や、新興宗教の恐い面もいっぱい見ている現代です。

12055 でも、そんな逆風の中でもなお、聖書信仰に立って、「誰かが、正しく伝えていかなければ」の使命を感じて、伝えている人々が世界中にいるし、その数も決して少なくないと私は思っています。そして、私たちの豊科教会も、安曇野の地で、十字架を掲げて、戦時中には、牧師が突然いなくなったこともあり、いろいろあったようです。また、今は、私のようなのが牧師をしてるから、時には波風も立つけど、様々に支えられて、私の前任の何人もの牧師と、多くの信徒たちによって、今日まで、百十年以上に渡って、安曇野の地域の中で、歩んできました。そして、これからも、聖書信仰を正しく伝えるために、一歩ずつ、前進したいと願っています。それで、豊科教会&シオン幼稚園では、明日、12月23日()午前十時十五分からクリスマス礼拝と祝会が行ないます。

この西暦2007年というのは、イエス誕生を起点とした年の数え方で、イエスが誕生してから、今年で2007年、そして来年は2008年目ということなのです。馬小屋での、イエス誕生の年は、歴史学者の間で三年程度のズレがあったりしますが、ほぼ正確なものであると、されているようです。

しかし、生れた日時については、不明なようです。でも、この12月25日というイエス誕生の月日をいいかげんに決めたわけではありません。聖書信仰に立つ人々が、真剣に考え、そして、しっかり話し合い、決めたようです。それで、いいと私は思っています。正確に特定出来なくても、イエスが誕生したことは事実なのですから。

安曇野にある教会&幼稚園の周りには、今、三匹の子猫たちがいます。おそらく、近所の古い空き家のどこかで、生れたらしいのですが、その誕生日は不明です。その親猫にいたっては、皆目分かりません。でも、この野良猫たちにも誕生の時は、確かにあったのです。その親子の猫たちの「いのち」は、これからの厳しい冬に、立ち向かおうとしています。メリー、クリスマス、猫たち!。おまえたちだって、救いから、もれることはないと、私は信じているんだよ!。

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2007年12月21日 (金)

2007X'mas礼拝と祝会へ あなたは来るのか!

120761_2 「豊科教会」、あるいは「豊科シオン幼稚園」の検索ワードでの、このページへのアクセスが、この時期増えています。たぶん、幼稚園の卒園生などが、クリスマスを前に、幼稚園時代を懐かしく思い出して、このページをのぞいているのかも知れません。そこで、私から一言。

「2007X'mas礼拝と祝会は、今度の日曜日、12月23日()の午前十時十五分からです。クリスマス礼拝に続いて祝会もあり、トン汁とかフランクフルト、その他の軽飲食の用意もあります。しかし、出席してくださいと、特に、ご案内やお誘いはしません。

しかし、「私は、今年も元気で、豊科教会&幼稚園での、クリスマス礼拝と祝会に出ます。あなたは、来るのか?。これは、あなたの問題だ。そして私の問題だ。君も来いよ!」と、やっぱり誘いたいなー。あー、そうそう!、入園を申し込まれたご家庭はもちろん、これから、この幼稚園への入園を検討されているような家庭の方も、遠慮せずに自由にご参加下さい。

「私は、今年もX'mas礼拝に出席する。あなたは、来るのか!。これは、きみと友だち、そして家族みんなの問題だ!」。

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2007年12月20日 (木)

施設訪問でジングルベル 犬と凧とみんなで散歩 七人の園児 九羽の白鳥 そして鴨たち

12124 豊シナシオン幼稚園の今日は、明るい太陽光の射す園庭二十周のジョギングからスタート。そして縄跳び駆け足で、さらに十周。それから砂場遊びなど。そして、一旦室内に入り、賛美歌練習の後、堀金にある老人福祉施設へ向かった。セツコおばあちゃんに、手作りのささやかな感謝のプレゼントをするためです。この前、七名の全園児に、毛糸で編んだX'masプレゼントをいただいていたからです。みんなで「ジングルベル」も歌いました。

次は、犀川へ向かいました。今日は、凧揚げには最適な北風が吹いていて、よ~く揚がりました。南の空にとっても眩しく輝く太陽を背に、凧は見事に青空に舞いました。そして、その凧も一緒に空を舞いながら、高い土手の上を北へ南へと、犬もいっしょに、みんなで散歩。「おーい!、凧も一緒に散歩する幼稚園なんて、日本で、いや!、世界でこのみんなの幼稚園だけかもしれないぞ!」と、私。「いーな!、私も凧みたいに空を散歩したいなー!」と年長組の女の子。

01047 今度は、凧が木々にからまないように、角度に注意しながら、流れに近づき、広い中州へ下りての散歩。広い中州では、鬼ごっこもしました。昼の十二時を回ったので、少し急いで、今度は白鳥湖へ。今日の白鳥数最新情報は、安曇野市全体で268羽、その内、犀川ダム湖には58羽と、看板に表示してありました。でも、目の前の白鳥湖には九羽の白鳥だけでした。しかし、園児たちが岸に近づくと、その九羽の白鳥と、多くの鴨たちが寄ってきました。今度また会うのは、来年だけれど、白鳥さんも鴨さんたちも、みんな「元気でねー!」。

明日は、クリスマス会の聖劇の最終練習。そして、今度の日曜日は、いよいよ、教会&幼稚園のクリスマス礼拝と祝会です。どうやら、みんな元気で2007X'masを迎えられそうです。お帰りの会では、「人間ていいな」をみんなで元気良く歌いました。私は何だか、いつものことですが、胸がジーンとしました。

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2007年12月19日 (水)

今日は 野良猫親子との面会 お餅つき昼食会 教会員宅訪問 そんな一日でした

2123ah 今朝、やや遅れて安曇野の豊シオン幼稚園へ出勤すると、駐車場の隅に、まだ幼い子猫がうずくまり、悲しげな声を出していた。私が近づくと逃げようとしたが、寒さで機敏に動けず、私がすぐに保護。爪を立てて少し暴れたが、片手でつかんだその体は、痩せていた。

両手で抱き、園内へ入れて、ストーブの近くにある本箱の隅に入れ、パン切れを牛乳に浸して目の前に置くと、警戒しながらも、少し食べた。園児たちも、聖劇の練習を中断して、みんなで、その様子をみまもった。しばらくして、母猫の姿が隣家の屋根の上に見えたので、連れて行き、その低い屋根の上に帰し、パンとソーセージも、その屋根の上に置いた。

これからの厳しい寒さの中で大変そうなので、幼稚園の駐車場に近い方の軒下に、餌場を作ってやることにした。鳩サブレのやや大きめの四角い空き缶に、とりあえずパンを数枚、それと、ソフトなドックフードも入れた。これで、やさしい園児たちも納得。それと、外水道のところには、いつでも水の飲めるバケツが、前から置いてあります。頑張れ、野良猫親子!。

12080_2 餅つきも、おいしいのが出来、みんなで楽しい昼食会。私と妻は、二人の他の教師に午後の保育を、まかせて、ささやかなX'masプレゼントを持って高齢者の教会員宅を二件訪問。こうして、一日の業を終えて、今、伊那高原の自宅へ帰った。自宅のポストには、次男の合格通知書の入った大学からの大きな封筒が入っていました。学納金振込みと、諸手続きを今月二十八日までに済ませる必要がありそうです。上の写真は、市民タイムスを購読している園児家庭の方が、園に届けてくれた記事の一部分です。そうかー、朝の子猫に夢中になっていて、その子猫の写真も、餅つき会の様子も、カメラを持っていたのに、一枚も撮れなかったなー。

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2007年12月18日 (火)

男性は長生き日本一の長野県 しかし 子どもたちの姿が消えている

今朝の朝日新聞に改めて、目を通そうとしてして、手にすると、何と一面に「平均寿命、男性一位 長野 の79・84歳で、女性の一位 沖縄 の86・48歳であることが、17日の厚生労働省の調査で分かった。…」とあった。う~む。

10049 長野県は、旬のものを食べ、空気がいいからかもしれない。しかし、問題は子どもたちの姿が、大人たちや高齢者の姿さえもが、私の住む伊那高原の周囲から消えてしまっている。日中に、犬と散歩するが、小さな子どもたちの姿など、どこにもない。小学生たちの姿も、登下校の限られた時間以外には、たとえ、学校が休みの土日でさえ、探しても見られない。普段若い夫婦は、家を留守にしてどこかへパートなどで働きに出ているのだろ。

しかし、NHK「中国鉄道大紀行」で見る中国各地の村や街には、バランスよく赤ちゃんも、子どもたちも、若者も、高齢者も、あちこちに普通にいる。中国は一人っ子政策をとっているらしいが、地方のあちこちの村に、そして電車の中にも赤ちゃんの姿があり、二十歳そこそこの若々しいカップルたちの姿も多い。おじいさん、おばあさんを含む家族たちの一家の食事風景や、生活の姿で、あふれかえっている。

P1020828ah かっての日本が持っていて、今は、消えてしまった多くの風景が中国にはある。日本よりも貧しいかもしれないが、人間らしい活力に満ちた風景が今の中国の各地にあふれている。だから、私は、この特集「中国鉄道大紀行」シリーズが好きで、何回も観ては、元気や、エネルギーをもらっている。

日本政府は、ここに来て、急に少子化対策に目を向け始めたが、今の日本の社会構造を、抜本から改革しなければ、かなり厳しいところまで来ている。出産費用の全額支給。子ども一人当たり、月五万程度を、所得制限はもうけずに、高校卒業まで、養育手当として、国家の責任で、全家庭に支給してはどうか。そして、保育園や幼稚園に支払う保育料の半額程度は、各地方の市町村が補助する。そのくらいの思い切った政策を実行し、子どもの視点からの、保育園、幼稚園、小学校などのあり方の見直しを行なうべきと、私は思う。子どもの帰宅時間には、自宅で母親が笑顔で迎えられるためにも。

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伊那高原 雪の舞う厳しい冷え込み 良き友人たちの祝福を受け 高三次男の進路決まる

先ほど、正午きっかりに、次男が受験していた大学の受験結果番号発表が、Web上でも公開された。そのページを開いて、私は息を飲んだ。何と!、小さな囲いの中に、二段に分けられ六人分の番号があるだけではないか。

私は当日の多数の受験生たちを見ていたから、ズラーっと番号が並ぶ画面を予想していただけに、一瞬「ヤバイ!」と感じたのだ。しかし、冷静になって、その六人分の番号を見ると、その下段の真ん中に、次男の受験番号 M42502が、確かにあった。

まもなく、昼休みに入って、学校でパソコンをのぞいて、合格を知ったらしい次男から、妻の携帯に連絡が入った。その次男の弾む声の後ろから、何人かの友人たちの甲高い声も響いていたようだ。

Other048 少し後で分かったが、次男の番号のあった学校推薦のページ以外に、自己推薦のページが別にあり、そこには、上段に五名、下段に五名の計十名の番号も並んでいた。そうだろーなーと、納得した。しかし、学生不足と言われる時代ではあるが、やはり不合格になる人も出るんだなー。今回も、自分の番号がないことに、今、失意を感じている生徒や、その家族の方々がいるのだ…。でも、そのような人々も、必ず他に、道は開ける。新しい進路が必ず待っている。今回は合格となった次男だが、前回がそうだった。

最初の公立の専門学校での合格発表の時は、次男の番号はなかった。何度見ても、なかった。そして、そこへの進学を望むなら、まだ二回のチャンスが残されていた。しかし、面接での教師たちとの対応で感じた思いから、その学校への進学を、自らも否と決めていた。そして、今回の喜びの合格である。私と妻にも喜びがあふれ、農業高等学校のコンピューター室においては、次男が、よき友人たちに囲まれ、祝福を受けていた。今、妻は笑顔で、雪の舞う寒い外へ、今夜の祝いの夕食の食材を買いに出かけて行った。これで、我が子五人の、末っ子、次男の進路が確定した。しかし、私学は学費が高いよなー、やれ、やれ。

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教会堂の窓の外 雪の舞う十二月 お餅つき 施設訪問 2007X'mas 聖劇練習

01241 十二月も中旬を過ぎ、伊那高原や安曇野では、冷たい風が吹き、外から帰って室内へ入ると、ストーブの燃える音に、ホッとします。豊科シオン幼稚園の明日は、お餅つき会です。外に昔ながらの臼と杵を出してと、言うわけではなく、電器餅つき機を使用しての餅つき会ですが、幼児たちと楽しく、年の瀬と正月気分を味わう一時です。

それと、福祉施設へ、クリスマスプレゼント(歌声と、ささやかな作品)を届けに、幼児たちと出かける行事もあります。

そして、23日(日)のクリスマス祝会の聖劇も、本格的に衣装をつけて、最後の仕上げ練習に入っています。私たちの幼稚園が創立して以来、半世紀以上に渡って、毎年行なわれて来た、伝統ある聖劇です。すでに、1800名を越える卒園生を送り出して来た、安曇野にある教会附属の豊科シオン幼稚園。

大人になっても、高齢になっても、この幼稚園でのクリスマス礼拝、そして祝会での聖劇で、自分が演じた、羊飼いとか、宿屋の主人とか、大星とか、マリヤとかヨセフとかの自分の役を思い出し、生涯忘れることがないようです。今年も教会堂の窓の外に雪が舞うのを見ながら、幼児たちの練習に熱が入ります。

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2007年12月17日 (月)

冒険やスポーツではなく 愛妻の遺言 その約束を果たすためだけ のために 太平洋をヨットで渡った 八十一歳の畑下栄 あの海の男 今再び 私は熱く思い出した

NHK「心の時代」で、七十歳を越して、ヨットで太平洋を渡った村田和雄氏の話を聞いた。そして、思い出した。冒険でもなく、スポーツでもなく、アメリカから日本へ、ただ交通手段としてのヨットで、やはり、太平洋を渡って来た海の男がいたことを。以前の一番最初の私のホームページでも、その時の感動と共に書いた記憶があるが、このブログ上にも記しておきたくなり、調べていて、I'm Here!の素晴らしい海の香り漂うページに出あった。そこには、単なる新聞社などのニュース記録ではなく、あの、畑下栄氏と、出会い、彼の最後も確認した、海の女性の記録があった。以下に、勝手に転載させていただく。少しばかり、小型ヨットに乗ったりする、この私が、また思い出し、時折り、目を通したいと思ったからです。

Imhere1bnr1 「彼は 海へ帰った…」

畑下栄、81歳。壮絶な海の男だった。
去る7月4日、彼は自艇のヨットの中で遺体で発見された。
北緯33度44分、東経157度00分。広い太平洋の公海上で、操業していた海外巻網漁船が異常な動きのヨットに気づき調べてくれた結果だった。その後、彼の遺体とヨットは漁船と海上保安庁の巡視船の曳航によって、横浜港へと運ばれた。
死因を特定できないほど損傷の激しい御遺体に対面し、私はまた泣いた。出航前にあれほど泣いたというのに・・・。

不思議な縁で、私はここ数ヶ月、彼と行動を共にしていた。ヨット航海を応援していたわけではない。ただただ彼の身体や慣れない久々の日本の生活や煩雑な手続きなどの心配をしてのことだ。
杖をつき、階段の昇り降りも大変で、ヨットへもようやく這い上がるような体力だった。それでも「太平洋を渡って米国に帰らなあかん!」と言い張る彼。心配した多くの方たちが説得した。「そんな身体で太平洋を渡るのは無理だ」と。海上保安庁の方も立ち入り検査と称して、説得してくれた。しかし彼は、米国人であり、ヨットは米国籍。強制的な指導は全く出来なかった。身近にいた私はすっかり娘のようだった。切羽詰って懇願も泣きもなじりもした。でも「しようがない。行かねばならぬ。」結局、聞き入れてもらえなかった。
そして、彼は海へと帰っていった。

彼は移民の息子として米国で生まれた。幼少時に父親の病気のため、日本に帰国。父親は太平洋上の客船の中で病死した。父の故郷に戻った彼は、海軍、中学教師、マグロ船の船頭を務めた後、40歳過ぎに妻子と共に渡米。米国籍となり、西海岸で長年造園業を営んだ。
8年前、自らが運転していた車で交通事故を起こし、愛妻を亡くした。7年忌を済ました後、すべての財産を処分し、約12メートルのヨットを購入。艇名は奥様の旧姓にちなんで「MIYA」と名付けた。そして、米国の墓に納骨した妻の遺骨の一部と共に、そのヨットで妻の故郷の日本を目指した。
「私が死んだら長野のお父さんのお墓のそばに埋めてね」
の妻の遺言を果たすために・・・。
どうして彼がヨットを選んだのか。そんな疑問に彼はいつも笑って答えた。
「飛行機はよー、落ちるだろう。船は大丈夫だ。太平洋は庭みたいなもんだしな。」
米国サンディエゴを出航し、タヒチ、ハワイと航海を続け、日本にたどり着いたのは昨年の12月。御蔵島の沖で見張り不足の漁船と衝突し、ヨットは大破。彼も腕に傷を負い1カ月入院。その間に彼の体力は相当に衰えた。2月、私が初めて会った時、彼はほとんど歩けない状態だった。
それから海の男の「介護」の日々が始まった。
わがままで頑固。良く喧嘩もした。でも良く手をつないで笑いながら歩いた。身体は不自由でも彼の頭脳明晰さにはいつも感心させられ、また多くの話は愉快痛烈だった。
奥様の御遺骨を長野の地に納める時も随行した。彼の育った地、和歌山県那智勝浦町へも長距離ドライブで一緒に行き、多くの友人たちと楽しい時を過ごした。
しかし、海の仲間の同情だけで彼のそばにいたわけではない。彼のことは、日本の歴史が生み出した社会問題と、いつしか私は捉えていた。
多くの日系移民が遭遇する社会的問題を彼も抱えていた。生きる場と故郷の違い。望郷の念。変わりゆく故郷と日本人。迫り来る老いと福祉制度。息子との間に生じる言葉と文化の壁。心の根っこは日本、逞しい精神を養った米国、二国間の生き方のバランス。
「畑下さん、戸籍は日本にあるから二重国籍だよ。ちゃんと申請すれば日本人として日本に住めるよ。」
「あかんあかん。一度日本を捨てた人間がこんな身体になってまたお願いしますなんて、そんなこと迷惑だろう。あかんあかん。」
「じゃあ、アメリカ戻ってどうするの。」
「そうだなあ。わしの金じゃまともな暮らしは出来んからメキシコでも行くか。本当は、このまま海をずっと航海してたいんだがな。」
「航海は無理だよ、その身体じゃ。」
「なんでだよー。」
「だって・・・・」
「ほーら、また泣く。これだから女はあかんなあ。」
「だって・・・・」
「しょうがない。行くしかあるまい!行かねばならぬ!」
彼は日本を愛し、また米国も愛していた。しかし、その狭間である広い広い太平洋に自分の身の置き場を見出していた。
彼が亡くなってしまった現在も考えこんでしまう。どうすれば彼を止められたのだろうかと。

6月15日、皆の反対を押し切って、畑下栄さんは「MIYA」で神奈川県三浦市シーボニアマリーナをひっそりと出航した。
雨が降り、時折強い風が吹いていた。彼はほとんど無言だった。片手で簡単に挨拶をし、視界の悪い海に消えていった。
隠れて乗り込んでシージャックしようかとも考えた。ヨットを壊してやろうかとさえ思った。畑下さんの足を引っ掛けて怪我でもさせてやろうかと酷いことも頭をよぎった。でも・・・何も出来なかった。
泣いて見送るしか出来ない自分がくやしく、その心を解ってくれなかった畑下さんが憎らしかった。

7月11日。彼が無言の到着をした後、海上保安庁と御親戚の方々の御理解を得て、ヨットの検証をさせてもらった。
「公海上で発見された米国人米国船籍のため、捜査権なし。事件性もないので事故の調査はしない」と海上保安庁の方から説明されたが、海難は残された者達に長年の苦しみを否応なく与える。それを少しでも消したかった。
漂流が長かったためかヨットの帆関連の損傷はあったが、エンジンや発電機、電気関係の故障はなかった。何かあってもエンジンで充分に対処出来る状態だった。
海図を調べた。彼はマグロ船の船頭を長年務めていたので、海図記入はしっかりする方だった。しかし、これは本当に残念だが、全く海図への記入はなかった。食事の後も見当たらなかった。出航後簡単に食べれるようにと積み込んだパンや果物もほとんど手がつけられていなかった。彼は出航後、相当
早い時期に船室で動けなくなったか亡くなった可能性が高い事がわかった。波の揺れで身体を支えきれずに倒れ、どこかを強打したのかもしれない。高齢のために海に体力が持たなかったのかもしれない。
しかし、もう、これ以上の推測は無理である。

ヨットと彼を発見してくれた「第18常磐丸」の皆様の判断力行動力、その素晴らしいシーマンシップには頭があがらない。
前代未聞の長距離の曳航をして下さった第2管区海保の皆様、それを引き継いで下さった第3管区海保の皆様。本当にありがとうございました。
横浜に入港し巡視船「いず」から長音一声と乗組員の皆様の敬礼で見送られた畑下栄さん。海の男としてのこれほどまでにない最期だった。
「こんなに日本に迷惑をかけてすまんすまん」と平謝りをしているだろうが・・・。

畑下さん、今日の風はどうですか?!波は良い加減ですか?!
魚は釣れてますか?!御飯ちゃんと食べてくださいね!
海は気持ちいいよねー!でっかいしさー!自由だしさー!
今日も御安航してくださいね!
畑下さんの大好きだったかみちゃまも毎日心配してるよ!
大好きだよー!畑下さん!

年月日の入った、以下のニュース記事を付け加えておきます。

(2005年)7月4日、宮城県金華山沖東南東約1400キロの太平洋上で、米国から単独ヨット「MIYA」で来日した畑下栄さん(81)が遭難したという情報があり、第2管区海上保安本部が巡視船を出して確認を急いでいる。
 畑下さんの支援者らによると、4日午後3時半ごろ、宮城県金華山沖の東南東1400キロの海上で、マストが折れたヨットが漂流しているのを操業中の漁船が発見したという。船体に「MIYA」と書かれていることから、畑下さんのものと判断した。ヨット内には1人が倒れ、呼び掛けにも反応がないという。
 畑下さんは1970年に米国へ移住。亡妻の遺骨を祖国の日本に埋葬するため昨年(2004年)、米サンディエゴからヨットで太平洋を単独で横断し、2004年12月に静岡市の清水港に到着した。入港直前に漁船と衝突、腕にけがをして一時入院した後、今年(2005年)4月に長野県の妻の実家で納骨を済ませた。三浦市でヨットを修理し、米国へ向かう準備をしていた。ヨット仲間らは畑下さんの体力を考えて、思いとどまるよう説得していたという。

私は、畑下栄氏が、納骨のために長野県の妻の実家の墓を訪れているシーンを確か、長野県の民放のTVニュース(夕方)で観て、太平洋を一人で渡って来た彼のことを知り、その動機にすごい衝撃を受けたのだった。その時の感動は今も薄れることはありません。そして、夏の始まる頃のある朝、新聞で、私は彼の死を知り、「やっぱりなー…」と、思ったのだった。。

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NHKラジオ「深夜便」ファンには このラジオが いいかも 2007X'mas 自分へのプレゼント

12067 今年の夏ごろから、私はポケットマネーを節約して貯めて来て、ついに、この2007X'masの自分へのプレゼントに、予約録音可能な、オリンパスのラジオを手に入れた。「今時、ラジオなの?」と、家族から言われた。また、値段を聞かれ、ちょっと驚かれもしたが、これには理由がある。

夜中の時間帯、NHK第一「ラジオ深夜便」で、けっこう良い情報が、日本各地や海外からの現地レポートで聞ける。特に、早朝四時からの「心の時代」は、インタビュー形式で様々な人の興味深い人生が聞ける。しかし、その時間にいつも、無理して起きて聞くわけにもいかない。このオリンパスラジオは、コンパクトで、内臓のHDDには2500時間分の容量があり、高音質で、各ファイルごとに分類して、いくらでも、予約録音が可能なのだ。またパソコンとの互換機能も付いています。まあ、ちょっと高額だったが、故障さえしなければ、これが私の買う最後のラジオになるだろう。

P1020826ah夏ごろから、時々ノジマとかヤマダなどの大型店のラジオ関連コーナーへも行ったが、やはり年配の方々が一人で、あるいはご夫婦で、並んでいるラジオの品定めをされている姿が多かった。私には適当なのが見つからず、最後はインターネットショップで、このオリンパスのラジオを見つけ、その評価なども確認して購入したが、期待を裏切らないラジオでした。私は、このオリンパス社から、広告料をもらっているわけではない。しかし、予約録音を重視する場合は、推薦できます。ただ、携帯やパソコン程度の操作になれていないと、慣れるまでは、やや操作が煩わしいかもしれません。

普通に、にタイマーなどで、録音するラジカセでも、もちろん十分です。後は、クリアーな電波キャッチのアンテナ別売(数千円)を取り付ければ、なお良いと思います。定年退職後の第二の人生をラジオと共に過ごされる方々の、参考になればと思い、記しました。この前、「心の時代」で、戦没者遺族の話を聞き、その感想をこのブログに記したら、柳澤雅明氏から、ていねいなコメントをいただきました。

この柳澤雅明氏は、今は現役を退いてラジオを一日中聞きながら、生活しておられる様子ですが、最先端の壁掛けテレビ分野などへの貢献も持つ、著名な科学者であることを、後で知りました。ラジオは、テレビと違い、他の何かの作業をしながら、耳を傾けることも出来ます。NHKはラジオ番組も、よい番組作りに、これからも努力していただきたい。

全国で、第二の人生に踏み出した、様々な方々、多くの人々が聞いているのです。そういえば、四十数年持ち続けた夢を、あの堀江謙一氏のように、退職後の七十歳で、ヨットで太平洋を見事渡った村田和雄氏の話が、今朝の「心の時代」でありました。七十歳を越してなお、エベレストへ登ったり、太平洋をヨットで渡ったりと、みんな元気だなー。

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「NHK特集 ワーキングプアーⅢ 」 NHKと朝日はえらい! しかし 民放では作れない特集

P1020821ah 昨夜の、NHK特集を観た。日本だけでなく、このワーキングプアーの問題は、韓国、イギリス、アメリカでも同じに起こっていることに、少なからず私は驚いた。先進国での貧困率は、市場原理主義、企業のグローバル化などの中で、急増しているのだ。韓国では、労働人口の二人に一人が、非正社員(パート職員)だという。そんな社会に抗議して韓国では焼身自殺者も続く。また、一流大学の工学部を出ながら、正社員として就職できない、やはり韓国の三十代の男性。

P1020822ah_2 またアメリカでは、グローバル化により、IT企業からはじき出された、大学出身者の人々による、職をよこせとの、抗議デモも続く。また、貧しい家庭に生まれ、中卒でなどで、雇用からはじき出されているイギリスの若者たちなど。そんな、日本を含めた四国のワーキングプアーの社会問題に、各国が、どのように取り組んで行くのか。それが、今回の特集テーマだった。

このシリーズのⅠとⅡで、コンビニのゴミ箱から、漫画雑誌を拾いあさり、一冊五十円で何冊かを売り、一日一食ほどで生活していた青年を、今回も番組はとりあげてレポーとしていた。このような立場の人々の心理は、「生まれてこなければよかった…」との、人間としての生きる尊厳すら失ってしまう悲しい現実だった。この青年は今、市から一ヶ月七万円ほどの仕事を期限付きで、同じ路上生活者たちと共に受けていたが、まだ、高速道路下で暮らすホームレスである。今、ベストセラーとなっている「中学生ホームレス」そのものが、現実としてレポートされていた。

P1020820ah番組の最後で、ずっと一人で生きてきた彼が、公園のベンチで、インタビューを受け、一瞬下を向き、胸をつまらせ涙をぬぐった。そして、顔をあげ、「まあ、人間としての感情がもどってきたんじゃないかと感じ始めています…」と答える姿に、私も胸が詰まった…。このワーキングプアーへの、国としての、取り組みは、イギリスが今、本腰を入れて動き始めている。しかし、この日本は、まだ全く政策として持っていないのが現状なのだ。

上から二番目のTV映像図のように、現アメリカ政権に同調しているイギリス、韓国、日本(イタリヤについては、まだ私はその国政を把握していない)は、アメリカ社会の病気をそのまま反映していることは明らかである。働く意欲がありながら、仕事がない国、まじめに働いても、住居も得られず、税金や社会保障費も払えず、医療機関で治療を受ける金もなく、食べるのがやっとの人々を生み出している現状。これは、個人の責任ではなく、明らかに国政の責任なのだ!。

このような優れた番組を制作するNHKに対して、「従軍慰安婦問題」番組制作に、一時期、圧力をかけたとされる、あの涙目で辞任した安倍、そして中川などを、「NHK番組制作への圧力では?」、と追求し、結果的には、NHKをまもった朝日新聞もえらい!。

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2007年12月16日 (日)

アメリカだけに近づかず、中国など 他の国にも近づこう日本! 政治的意見も時には発信

私は、今回の佐世保の銃乱射事件のような事が起こるだろうとは、だいぶ前から予測していた。その根拠は、アメリカで起こることは、良いことも悪い事も、少し遅れて、日本でも必ず起こって来たからだ。だいぶ前になるが、アメリカの「暴力教室」という映画があった。

その当時の日本の学校で、あのように教室で、教師と生徒が、暴力的にやりあうなんて、考えられない時代だった。しかし、やがて日本の学校にも、暴力の嵐の時代がやって来た。銃乱射事件は、だいぶ前から、アメリカの学校や人の集る施設などで、多くの犠牲者が出ていた。日本でも起こらなければ…と、思っていた日本人は、私に限らず多かったと思う。性犯罪や、他の凶悪事件も、アメリカと日本は酷似してきている。雑誌や本や、映画やファッション他…、全ての点において。

日本は、アメリカオンリー的に、接近し過ぎてしまった。アメリカ生まれのコーラを飲み、マクドナルドを食べ、アメリカスポーツに熱中し、日本独自の文化を、敗戦と同時に失って来たのだろうか。この私も、知らず知らずに、あらゆる分野がアメリカ的になってるもんなー。

「今のブッシュ政権のアメリカとは、仲良くするな!」との、小田実の言葉に、私は深くうなずいてしまう。「アメリカ人の多くも、今のブッシュ政権アメリカを、今のアメリカの情況を決して良いとは思っていない。あの戦闘機や戦争のためのあらゆる殺人兵器、銃などの製造。そんな軍事企業が、経済の中心に座るアメリカ」。これも小田実の言葉である。

少なくとも、小田実が語っていたように、「日本は、平和主義のもとで、軍事企業ではない産業、科学技術、農業などの分野を経済の中心に据えて、世界の中で、経済をここまで復興させて来た。こんな国は、他の先進国にはない。だから平和主義を、これからも捨ててはいけない」。これも小田実のことばである。う~む。確かに、あの軽いのりの、小泉元首相の「アメリカと仲良くしていれば、他の国との関係もうまく行く!」の、言葉に騙されてはならないと思う。

私は、最近、「中国鉄道の旅」シリーズを、HDD録画で、全て録画し、繰り返し観ているが、自分の育った良き時代(私は1944年生まれ)を、そこに観ている。そろそろ、日本は、今のブッシュ政権のようなアメリカが続く限り、他に、もっと良き友を求めて、他の国とも仲良くする自由を持つべきと思う。そのためには、自立国家日本にならなければならない気がする。今は、日本人のだれしもが、軍事企業権益を背景とした自由と正義の名の下に、軍事力を振り回し、世界制覇を狙うアメリカ暴力番長。それに付いて歩く日本的イメージを持つ人は、多いのではないだろうか。あのベトナムでの無差別虐殺。そして、テロは許せない。しかし、あのイラクで、多くの市民が、アメリカ軍によって殺されていることは事実である。

12022_2今後も、今のようなアメリカが続くのなら、もう、こんなアメリカだけに、ついて歩く日本ではなく、他の国々の文化にも目を向け、ヨーロッパ諸国とも、インドとも、ロシアとも、そして隣国の巨大国家中国とも、他の国々とも友情を深めることの出来る、自立国家、日本になりたいと思う。私は、そう思う。きみは、どう思う!。アメリカ軍はもう、沖縄から、核弾頭と一緒に出て行け!と、君は言えるか。私は言いたい。米軍の戦闘機の爆音で、小学校の授業が中断される沖縄の現状。あれはひどい!。アメリカ人だってそう思っている。

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安曇野の山は クリスマスに向かって 雪化粧

P1020818ah 雪化粧の風景に明るい朝陽が反射している伊那高原から中央高速で、安曇野の教会&幼稚園へ向かった。途中の塩尻峠のトンネルは長いのが二つあるが、一つ目のトンネルをぬけると、何と、小雪が舞っていた。昨日と逆現象の天候だった。

P1020815abh しかし、それは峠の山間部だけの現象で、もう一つのトンネルもぬけて、安曇野へ近づくと、青空が見えた。そして、どうやら、安曇野の昨夜も、伊那高原よりは少なく、積雪とまではいかないまでも、あちこちの日陰に、白いものが見えた。高速道路から眺める常念岳を中心とした西山は、すっかり雪化粧して、来週に迎えるクリスマスに備えているように見えた。

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2007 クリスマスまで あと一週間 あなたは、礼拝に来るか! これは、あなたの問題だ!

12076 昨夜もまた、二三センチの積雪があり、今朝の伊那高原は、一面の雪景色。その雪原にオレンジ色の太陽が昇り、その明るさが部屋の中までいっぱいに反射している。

今日はアドベント第三週の日曜礼拝である。2007年X'masまで、あと一週間である。「私は、今年のクリスマスも、安曇野にある豊科教会で祝う。あなたは来るか!。これは、あなたの問題である。私のもんだいである」。私たち家族はこれから安曇野に向かいます。

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2007年12月15日 (土)

寒い冬場に咲く 反骨の花に興味を持つようになりました

Han07121511h 山口の友人、向学氏は、日本基督教団東海教区の横領事件情報が、外部に流れ、ついにマスコミなどで報じられていることを、私より早くキャッチして、知らせてくれたかと思うと、今度は、こんな冬に、ロウバイとかいう花が咲き、とてもよいにおいがするとか、気になることを、ブログで発信している。

私は、昨年の冬から、パンジーの花をすごく尊敬している。それは、雪の中に埋もれたり、解けた水で凍っても、その花びらや茎の細胞は破壊されず、日が昇り、雪や氷が解けると、何事もなかったかのように、ひらひらとした花びらを蘇らせ、陽光に輝いているからだ。どちらかと言うと地味な花だが、追肥などすると、安曇野や伊那高原の厳しい冬の土の中で春先まで増殖して、その花びらの数を驚くほど増やして行く、実に凄いやつ…、と言うか、実にえらい花なのだ。

Roubai51 そして、この寒空の冬に、山口の地で、その教会の庭で、よいかおりを放ち、陽光に透けるように輝く黄色の花にも、目がとまってしまった。前にも確か、写真と記事があったような気もするが、今回は、黙って立ち去ることが出来ず、インターネットで調べてみた。そのうち、私の教会でも咲かせて見たいと思う。(上の写真は向学氏撮影。下のは、インターネット上で借りて来た東京で一月に撮影された写真)。また下記の文章も目に入ったので、これも借りてきて、下に載せます。

◆落葉性の低木で、高さ4mほどになる。幹は叢生して分岐し、1月~2月に葉に先立って花が咲く。花には芳香があり、半透明の黄色でロウを引いたような花弁を下向きにつける。生薬としては、開花前のつぼみを採取して、乾燥させて用いる。蕚と花びらは区別しにくく、外側の花被片は黄色、内側は紫褐色をしている。また、内側も黄色のものをソシンロウバイ(素心臘梅)といい、中国・東南アジアの市場では、ソシンロウバイから調製されたものが多く見られ、上品とされている。
◆原産地は中国奥地だが、自生地は不明。現在は各地で多く栽培されている。日本には、古くに渡来し初春の花木として珍重されて来た。ロウバイの名前の由来は、臘月(12月)に開く梅からとも、梅と同じ時期に咲き、香りもまた似ており、色が蜜蝋のようなことからとも言われる。しかし、植物学的にはウメとは無関係で、花弁がろう細工のような感じからこの名がついた。日本名は、中国名がそのまま和名となった。
◆鎮咳や解熱には、煎じたものを服用し、火傷にはつぼみを食用のゴマ油に漬けておき、この油を患部に塗る。中国などでは、民間薬としても用いられることもある。(ただし、種子にはキノリンアルカロイドが含まれ中毒を起こすので、使用部位には注意が必要)。

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雪のトンネルの向こうは 青空の広がる世界だった 次男の大学受験面接日

車の助手席に高三の次男を乗せ、中央高速道で松本へ向かった。三十分を切る距離である。雪の舞う、山間部を走る車窓には、冬景色が続いた。ところが、塩尻峠にあるやや長いトンネルをぬけると、そこには明るい青空があり、太陽光の降り注ぐ初春のような景色が広がった。

「いいか、パソコン関係の資格検定のことを、聞かれたら、五つの検定の全てで一級を取得したのは、私の高校では、私が初めてだそうです、って、少し生意気だと思われてもいいから、自信を持って言え!、お前は、野球部の連中の練習時間にも、負けないくらい、パソコンでは頑張ったんだからな!、わかったか」と私。

P1020805fh どうやら今回の面接は、とてもあたたかな雰囲気で始まったらしい。「あなた、伊那から来たのね、今朝は雪でたいへんだったでしょう…」。そして、次男はリラックスして、十分ほどの面接を終えた。「うん、検定のことも聞かれたし、あたたかい感じで、この大学とってもいいよ。ここへ入りたいなー」。

十月の県立の専門校面接では、「長野県知事の名前は?」と言ったお役所的な質問に始まり、次男にとっては、いじわるとしか、言いようのない、冷たい質問が続き、面接を終えて出て来た時の次男の顔は、泣き出しそうであった。しかし、今日は全く逆だった。

P1020813h 「ただ、企業が求める技能を教えるだけの厚生労働省管轄の、あんな学校より、あたたかな心を感じるこうした幅広く学べる学校の方がいいと思うよ。本当の教育は、心を育てる人間教育なんだぞ。わかるか」「うん、わかる!」。「じゃあ、あっちの方は、もういいな」「うん」。次男は一応の手ごたえを感じているようだった。後は十八日の発表待ちである。

私と次男は明るい気分で、帰路へと向かった。また塩尻峠のトンネルをぬけると、積雪はとけて消えてはいたが、暗い空から雪が舞っていた。しかし、帰宅した玄関先では、伊那高原の厳冬も乗り切る、パンジーの花たちが出迎えてくれた。

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伊那高原は 初雪の朝です 受験シーズンはいつも雪です

P1020797ah 昨夜は早めに布団に入り、ぐっすり眠り、今朝は七時過ぎに目が覚めた。新聞をとりに玄関先へ出ると、何と雪であった。やっぱりなー、昨夕の犬との散歩の時、手が赤く痺れるほどの冷え込みだったもんなー。でも、何となく雪も、いいよなー。久しぶりだなー

02191 車は、どれもスノータイヤにしているから、この程度の雪は、全く問題ありません。これから私は次男の二校目の受験で松本へ向かいます。昨夜も、面接試験の予備練習をしました。この一週間は、模擬面接での会話を通して、私と妻にとっては、高三の息子と正面から向き合い、普段はなかなか出来ないような問答をして、よきコミュニケーションの時を持つことが出来ました。さあ、雪の日の出陣です。

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2007年12月14日 (金)

日本基督教団横領事件

私は今回の東海教区(長野、山梨、静岡)の元会計者が七千万円近くを、自分の事業につぎ込み、その事業もうまくいかず、横領となった事件は、東海教区総会資料や、問題提起のグループからの資料を送られて、知っていました。その会計者所属教会の牧師とは、教区青年専門委員を一緒にしたこともあり、よく知っている。とても苦しい思いの中にあると思う。しかし、内部で処理するには、額がちょっと多いなー、とは感じていました。その間の教区の三役や、常置委員の連中は、どないしとったんや!、との思いもありました。しかしまあー、日本基督教団のようなところでも、人が集り、金が動けば、こうしたことが起こっても、そう不思議ではないなー、と思っていました。

200712131 今回、山口県の、やはり教団所属教会の同僚のブログから、ニュースで記事にされていることを、今日知らされ、やっぱりなーと、思いました。そこで、「日本基督教団 横領」の検索入力で調べてみたら、読売、毎日以外にも、…6900万「横領事件」の日本基督教団に「カルト化の危機」…の見出しで、週刊新潮最新号にも載っていました。どうやら、私が牧師を務め、所属する日本基督教団も、ついに、「オカルト集団」扱いにされてしまったか。う~む。

しかし、繰り返しになるが、人間の集るところ、金のうごくところ、それがどんなところであっても、人間としての弱さは、必ず出るのだと思う。一家の会計を預かる主婦も、サラ金に手をだす一家の主人も、地方の小さな教会の苦しい会計の任を負う会計責任者も、大きな銀行や企業で金を扱う者も、そして、官僚や政治家も、その周辺のどんな組織も、みんな人間がすることです。会計監査のあり方や、会計の透明性をはかる必要はあります。でも、中小企業や、弱小教会は、時には、多少の誤差や不手際も出る。それが、苦しい責任者のやりくりの場合もあるだろう。この私もそうだ。人間が会計するのであり、そこで扱う金に、人間が縛られて、必要以上に神経質になったり、ビクビクする必要はない。今回の件も、東海教区総会で、告訴しないと決定したのだから、東海教区内で、何とかすればそれでよいと、私は思っている。人の口やマスコミなどを恐れるな、全てを知っておられる神をおそれよ!。

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私の携帯電話事情

P1020795ah 今、テレビニュースを見ていたら、携帯電話のトップにソフトバンクが躍り出たと報じている。総合契約数なのか、ここのところの申し込み件数なのか、はっきりしないが、いずれにしても、あの白犬が、一家の親父役でコマーシャルしているのも一因らしい。確かに、あのコマーシャルおもしろい。どうやらオスとメスの二頭の白犬が、場面ごとに、出演しているようだ。しかし、一言付け加えておくと、安曇野や伊那高原のような山国では、ソフトバンクは電波が通じないところが多々ある。ドコモもやや悪い。よく通じるのは、エーユーのようだ。

ところで、この私はというと、家族で携帯を持っていないのは私だけである。携帯が出始めた頃、一度持ったこともあったが、一ヶ月もしないで、止めた。理由は、ひも付きで散歩させられる犬のようで、自由行動を奪われて、煩わしい。そして、もう一つは、アウトドア中に、川に落としたり、寝転んでいたところに、置いてきたりと、壊したり、よく失くしてしまったこと。まあ、今のところ、特に不自由は全くない。

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日の暮れ早く 風が冷たい 犬との夕暮れ散歩 クリスマス頃には雪に

P1020788ah 四時を回ると、もう夕暮れの闇が迫ってくる年の瀬です。今日は、自宅から歩いて高台に出たところで、手袋を忘れたことに気づいた。手が赤くなり痺れる冷え込みでした。伊那高原から見上げる西山も東山も、日が落ちて、色を消して寒々と静まっていた。

P1020791h 犬のリーは、けっこう元気で、このくらいの寒さは気持ちよさそうだった。草原を私が走ると、喜んで一緒に走る。しかし、お互いに歳で、そのあとは、お互いに顔を見合って、「ハーハー、ぜー、ぜー!」。

P1020793h 街路樹は、バッサリと、その枝を落とされ、暮れて行く薄明かりの中で、こちらも静かに、厳しい北風の中にたたずんでいました。安曇野の教会でのクリスマス礼拝の頃には、雪も舞い、ホワイトクリスマスになるかもしれないなー。少しは降ってほしいよなー。

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「私は礼拝をやる! あなたは来るのか」 小田実のように 存在を賭けて 呼びかけてみよう

昨夜のNHKハイビジョンでの「小田実  遺す言葉」での、小田実は鮮烈だった。彼は自分の信念を、類まれな行動力でも示した。

P1020783ah この私も、彼に見習いたいと思う。彼の阪神大震災の時に見せた市民立法成立への発言と行動の中で、私に強烈なインパクトを与えたのは、街頭に立って「これは、皆さんへのお願いではない!。あなたの問題であり、私の問題なんだ!、私はやる!、あなたは来るのか」と、一人ひとりの存在に向かって投げかけた、自分の存在を賭けた言葉だった。

国会議員の人々を前にした時も、「これは、お願いではない。陳情ではない。あなたの問題であり、私の問題なのだ。私はやる!、あなたはやるのか」。う~む。

私も、教会の一牧師として、自分の存在を賭けて、これからは、一人ひとりに呼びかけてみよう…。「私はやる!  あなたは来るのか。これはお願いではない。これはあなたの問題なのだ。私はやる!、あなたは来るのか」と…。

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NHKハイビジョン特集「小田実 遺す言葉」に感動 久しぶりに骨太で ズシーンと来た番組

P1020779ah 昨夜午後八時から九時半の「小田実  遺す言葉」を観た。私の学生時代に大きな影響を受けた小田実の「何でも見てやろう」を、ついこの前、注文して読みなおしたばかりである。彼の一人娘は今大学四年生。彼女も父の、この本を読んで、今の自分と比べたりするという。

P1020778ah その小田実氏は、この四月に癌の末期であることを告げられた。そして、医師日野原重明先生の聖路加国際病院に入院。その病室にNHKのテレビカメラが入った。その病室にベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」が流れる中、小田氏はひざの上に原稿用紙を置き、万年筆で書き続ける場面から番組は始まった。

P1020777ah その余命数カ月の中で、平和憲法の尊さを説き、人間の愚かしさを描いた小説「トラブゾンの猫」などの執筆を続ける。そして、ついに、彼はこの七月に胃がんのため七十五歳の生涯を閉じる。彼は聖路加国際病院で治療は求めず、緩和ケアーを受けながら、最後の最後まで万年筆を握り、それがかなわなくなると、妻と娘に、テープを用意させ語り、それを筆記させた。

P1020781ah 古い映像を交えながら、彼の市民運動の原点となる大阪空襲の地獄絵、それを報じる当時のアメリカの新聞。その新聞には、空からの写真があり、それは煙に満ちた大阪であった。その煙の下の戦災の中に小田氏はいたのだ。その新聞の広告欄には、若い女性のファッションや写真などが載っている。その、地上と空の上、日本とアメリカ、そのギャップへの驚きが彼の「ベトナム戦争反対」などの市民運動へのエネルギーとなる。そして記憶に新しい「阪神大震災」の復興支援政策への、市民運動の先頭に立ったのも小田氏であった。そして多くの国会議員をも巻き込み、国政も動かし、被災者支援法案が成立。そして、その内容も本来の要求に近づく形で、今、改正の方向に向かっている。「政治家への陳情ではなく、市民立法を市民運動によって…」との彼の情熱の勝利である。

P1020782ah 彼が入院前に訪れたのはトルコだった。そこには、あらゆる民族が共存している。そこで、彼が好きだという野良猫を抱いて微笑む映像に、私は彼の人間としてのやさしさを見た。その小田氏は、「自由と民主主義は、どこの国でも持っている。しかし、これに平和主義(平和憲法)を加えているのは日本だけだ。ここに、日本は価値ある国だと若い人に知ってもらいたい」と、遺言している。

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2007年12月13日 (木)

園庭マラソン 白鳥見学 そして 安曇野市交通安全母の会 晴れ男と園児たち感謝の一日

P1020766ah 今日の安曇野地方の天気予報は、朝から夕方までが全て傘マーク。園児たちは、クリスマスツリー横の窓から、外をのぞき、「雨だね…」。しかし、晴れ男の私が、豊科シオン幼稚園の庭に立つと小雨は止み、園児たちと園庭マラソンと鬼ごっこ。一汗かいて、この日は午後の行事もあるので、みんなで早めに犀川へ。犀川の白鳥湖に到着すると、小雨はすっかり止み、薄日まで差して来た。今のところ暖冬です。

午後一時、「安曇野市交通安全母の会」の方々六名が、黄色のタスキをかけて、また降り出してきた小雨の中を私たちの幼稚園へ。園児たちの保護者も出席して、交わりの一時を持ちました。毎年、桜咲く新学期には、交通安全のワッペンを全園児にプレゼント。そして年末には、交通安全のカレンダーや、手作りの交通安全アピールの小さなプレゼントを携えて、安曇野市の全ての保育園と幼稚園を順番に訪問して、園児たちに交通安全教育推進。

P1020775ah 会長の遠藤さんとは、長年の顔なじみです。私の幼稚園を訪問された時には、必ず、園児たちの歌声を聞いていただいています。そして、交通安全だけではなく、子どもたちを取り巻く社会環境の変化、とりわけ、家族の問題などについても、意見を交わします。

「昔は貧しかったけれど、おじいさんも、おばあさんも、そして幼子たちも、一家みんなが同じ食卓を囲み、食事をする、そんなゆとりがありましたね」「そうですね。私は中国の各地の様子を、最近のNHKテレビのシリーズで観ていますが、かっての日本が持っていて、今は無くしてしまった、良き家族の姿を観て、あー!、いいなーと思いますね」。

11047 そんな三十分ほどの交わりの最後に、みんなで「人間ていいな」を歌い、外へ見送りに出ると、小雨はすっかり止んで、南からの風が爽やかに吹いていました。やっぱり、ぼくは晴れ男だなー、心の中も晴れ男。今日一日に心より感謝!。

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2007年12月12日 (水)

貯蔵庫の収穫物を荒らすネズミたち 最近の猫はネズミを捕らなくなった

P1020765ah 自宅から車で二十分ほどの私の実家から電話があった。「りんごを早く持ちに来ないとネズミが出て、収穫貯蔵庫の中や、物置の部屋の中まで入って、荒らして、梨やりんごまでかじってるから…」。この前青りんごと幸水の梨、そして野沢菜などを、多量にもらったばかりなのになー。

そこで、私と妻は、まず伊那市街地へ出て、ベルシャインで、金粉入りの清酒二本組をお歳暮用に包装してもらい、それを持って出かけた。りんご、梨、白菜、キャベツ。ほかに多量の玉葱や大根、人参、それにネギとカボチャなどをもらった。兄夫婦には、本当に支えてもらってるなー。そうそう、米も毎年何俵かもらったり、自家製の味噌ももらったりしてきたなー。我が子五人を飢えさせることもなく、成長させられたのも、この実家のおかげであった。

実家では、昔からずーっと、猫を飼っているが、最近の猫はネズミを捕らないし、捕っても食べたりしないらしい。犬がネズミ退治をするなら、私の犬をかしてやるのだが、犬はネズミを捕れないし、困ったもんだ。まあしかし、この私が一番大きい、白髪混じりの頭をしたネズミかもしれないなー。

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アメリカレポート DNA鑑定の時代

Watsondna1h 昨夜のNHK深夜便を布団の中で聞いた。ロスアンゼルス在住の女性からのレポートだった。眠りに入る直前の記憶は、忘れないととうが、今朝目が覚めて、思い出したのが、このDNAに関するアメリカ最新情報だった。

プロ野球のホームラン打者や金メダリスなどが、疑惑の目を向けられたりする筋肉増強剤だが、メキシコの薬局でいくらでも売っていることを、少し前にNHK特集で知った。しかし、今回のレポートで驚いたのは、アメリカのドラッグストアーでは、一万七千円ほどの費用で親子のDNA鑑定を申し込み、本当の親子かどうかの結果を得られるという。また、ある医療機関に唾液を送り、自分のあらゆる遺伝子情報も得られるという。費用は、十一万円ほどだという。アメリカという国は、全てが、すぐにビジネスに結びつき、グイグイ前進する国なんだなー。

万能細胞の研究で、京大の研究チームが、アメリカに一歩リードしているようだが、日本のチームはぜひ頑張ってほしい。アメリカにまかせておくと、何だか危険な暴走が起こるようで、不安になるからなー。

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2007年12月11日 (火)

冷たい雨の日 車の中でNHKラジオで和田秀樹氏の「記憶のメカニズム」を聞いた

今日は午後から教会関係の仕事が入り、冷たい雨の中を、少し遠方へ出かけていたが、暗くなって、先ほど帰宅した。帰りの車の中で、精神科医で映画監督だという和田秀樹氏がテンポよく語る脳に関する話の後半部分を聞きながら帰った。

この番組に寄せられた、高齢者からの質問の手紙が読まれるたびに、思わず、声を出して笑ってしまった。私も最近、もの忘れが多くなっている。さっそく、インターネットで、調べると、和田秀樹氏の本を参照した「記憶のメカニズム」のページが、図解入りであった。

Kiokuah見たこと、聞いたことは、ほんの一瞬で忘れてしまう。これらのうち、とりあえずは必要だと判断されたこと、興味があることなどは短期記憶に入れられる。 短期記憶に入れられたもののうち、とりわけ興味を持ったり、理解したことは中期記憶に入れられる。

中期記憶は脳内の「海馬(かいば)」にて、最大1ヶ月程度保持される。 この間に不要なものと長期記憶に入れるものが選別されることになる。いわば、長期記憶を作るかどうかの判定場所である。

では、どうすれば長期記憶に入れられるのだろうか?
 それは中期記憶に留まっている間に複数回反復することである。複数回記憶にアクセスされれば、その記憶は重要なものとされ、側頭葉に送られて長期記憶となるのである。

ラジオでは、パソコンで言えば、メモリーに当たる部分が、脳の海馬で、長期記憶のハードディスク部分が、側頭葉だと説明していた。意欲を持って学び、繰り返しチャレンジすることで、脳は活性化し続けるようである。詳しくは書かないが、入力と出力の話もとても参考になった。

その他、ラジオでは、前頭葉の萎縮にともなう、感情コントロールの低下からくる、怒りっぽさの現象。その前頭葉能力維持のための「意欲」などの大切さなど。きわめて有益でおもしろい内容だった。電話を受けて、冷たい雨の中へ外出することがなかったなら、おそらく聞けなかったラジオ番組だった。

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女性救った“湯たんぽ”老犬、無事飼い主の家に 犬はえらい 写真掲載の読売もえらい!

Usiinuah この「ウシ」くんの正確な記事と写真を、インターネット上の「読売新聞」でようやく見つけました。「行方不明となった茨城県内の認知症の女性(73)が今月6日に同県ひたちなか市の公園近くの草むらで約30時間ぶりに見つかった際、寄り添うようにしていた老犬が8日、飼い主のもとに引き取られた。

 老犬は、6日に「飼い犬の可能性がある」(ひたちなか西署)として、発見現場近くで放されたが、8日午後3時半ごろ、同市内で改めて保護された。女性と犬が一緒にいるところを見つけた長谷部美紀子さん(56)(同市)が同じ犬と確認。

 長谷部さんらが、ひたちなか西署に届け出たところ、8日夜になって、飼い主の礒崎和子さん(44)(同市)が「新聞に出ていたのはうちの犬では」と、同署に名乗り出た。

 老犬は、礒崎さん宅で12年程前から飼っているオスの雑種「ウシ」で、5日からいなくなっていた。同署に引き取りに訪れた礒崎さんと3人の娘は「女性を助けるなんて、ウシは偉い」などと話していた。女性が行方不明となっていた6日未明は氷点下にまで冷え込み、「ウシ」が防寒具代わりになったとみられている。(2007年12月9日1時32分  読売新聞)」。犬はえらい。そして、写真を載せた読売新聞もえらい!。

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2007年12月10日 (月)

認知症のおばあさんを あたためた お手柄老犬、名前は「ウシ」 無事飼い主の元へ

認知症のおばあさんを、氷点下の、公園で一夜あたためた犬も、無事飼い主の元にかえったとのTVニュースが今日の夕方あったようだ。私は見なかったが、妻が見て、「可愛い表情をした灰色毛のムクムクした犬だったよ…」と、帰宅した私に話してくれた。

01252念のため、インターネットで調べたら産経ニュースのページに氷点下の夜、茨城県ひたちなか市の空き地で、行方不明になっていた認知症の女性(73)にぴったりと寄り添い、体を温めながら、一夜を過ごした老犬が8日、飼い主の元に無事戻った。飼い主も78歳の女性とあって、保護していたひたちなか西署では「おばあちゃん思いの優しい犬だからこそのお手柄」と話している」の一文があった。よかった、よかった。これからも幸せに暮らせよ!。      追記…さらに詳しい情報がありました。

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旅人をもてなす心 中国には 日本から消えた懐かしい風景がいっぱいだ

P1020761ah ハイビジョン特集関口知広の「中国大紀行」春の旅 決定版を観た。今回も私が最も感動したのは、ほとんどの家の両親が、子どもに教育を受けさせるための現金を得るために、出稼ぎに出てしまっている貧しい村での出来事。その村には老人と子どもたちしかいない。しかし、子どもたちは明るく三十度を越える夏日を過ごしていた。

P1020762ah そして、その村のある白髪のおばあさんの家の軒先に、腰を下ろした関口知広青年に、おばあさんは小さな鍋に何かを入れてきて、彼の口元に近づけ飲ませてくれた。一口飲んで彼は「うめー!」と笑顔で声をあげる。彼について来た周囲の少年たちが、一斉に笑う。

さらに、おばあさんは、彼の口に鍋を近づけて飲ませる。そして、その鍋の中をカメラがとらえると、それは水だった。そして、次におばあさんが家の中から持って来たのは、何かの植物を編んでつくった大きな団扇だった。それで関口青年の汗の滲んだ首や顔のあたりをあおいでくれるのだった。旅人を最高の心を持ってもてなす、そのおばあさんの姿に、私の遠い日の故郷、今は亡き母を想った。

P1020764ah_2 この前も確か、記したと思うが、寒い日に、ある村の家を訪ねると、旅の青年のために、お湯をわかしてくれる。そこで、旅の青年は、持っていた粉末茶を、お湯に入れ、表の陽だまりに腰をおろしたおじいさんにも差し出す。すると、それを受け取り、飲みながら、ポツンと、「私の家には、アヒルも鶏も、山羊も、何にもいない…」と、言うのだった。そして、帰ろうとする彼に、その老人は「もう帰るの? もうちょっといたら?」と、声をかけるのだった。中国人の旅人へのこころが、熱く伝わってきて、その時も涙がこぼれた。今の中国のこのような農村風景は、私の幼少の頃のそれである。しかし、やがて、中国も経済発展を遂げて、このような風景は失われて行くのだろうな…。でも、こうした心だけは大切にして行きたいよなー…。私は録画予約で、このシリーズを全て観ようと思っている。いい番組だ。

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2007年12月 9日 (日)

信濃毎日 共同通信の記者 「おだやかでいられない」 私の遠い夏の思い出

Taun2119h 今朝の日曜礼拝に出席した方が、新聞記者の方から、渡してほしいといわれてたからと、信濃毎日新聞タウン情報紙を三部持って来てくれた。見ると、十月下旬に、私と園児たちが、犀川の白鳥湖へ白鳥たちを見に行った時に出会った、私と同い年(元信濃毎日新聞記者。現タウン情報編集記者)である、気のいい丸山祥司氏が撮影し、記事にしたのが載っていた。

彼との出会いと、彼の熱い人間性と行動力については、すでに、このコラムの十一月七日のページで記したが、手にした記事を読みながら、彼との会話を思い出していた。

「いやー、信濃毎日では、編集長もしてたんですね?」「いやー!」「ところで、信濃毎日や共同通信のえーと、感じのいい女性記者には、私がイスラエルのガリラヤ湖を泳いだときに、だいぶ世話になりましたよ」「え!、共同通信、女性!、あー、田村さんでしょう」「そうそう、その田村さんです。イスラエル支局にも手配してもらって、記事になりました。日本にいた園児たちに、泳いだことを知らせたかったもんだから…」。「会ってないの?」「いやー!電話と手紙だけでしたから…」。

「凄い美人ですよ!」「ほー!、一度会って、あの時のお礼をいいたいなー」「いやー!、会ったら、おだやかでいられなくなりますよ…」。そんな私たちの大声の快活な会話姿を、妻が間近で、(まったく、この二人は…)と言った表情で、笑いながら見ていたのだった。(一度、この丸山祥司記者と、その田村記者と、三人で日本料亭あたりで、一杯飲んでみたいなー)などと、考えていたら、今朝の日曜礼拝開始の奏楽のピアノ音が響き始めたのだった。

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北フルプスの麓 安曇野にある豊科教会 2007X'mas 近し 自由にご出席下さい

P1020760ah 安曇野にある私たちの教会は、あの「大草原の小さな家」に登場する教会に似ています。ローラたちの通った教会&学校です。礼拝出席者数も同じぐらいです。しかし、あのオルデン牧師とは、ちょっとタイプの違う、アウトドア派、野性派のJohn F Cross牧師こと、私が牧師&園長を務めています。六十三歳になる、もちろん日本人の牧師です。幼児や犬たちが、そして、ギターで歌うことが、大好きな、孫三人のお祖父さんでもあります。そう言えば、「アルプスの少女ハイジ」の、あのアルムの頑固爺さんに似ているかもしれません。

普段は幼稚園の教室として使用し、日曜日は礼拝堂として使用する教会堂です。その窓辺に小さなクリスマスツリーが飾られました。これで、外に小雪でも舞えば、なんとなく、雰囲気が出ますが、今年は太陽光がサンサンと差し込んでいます。でも、朝の冷え込みは、やはり厳しくなってきて、氷点下の朝が多くなっています。

P1020722ah 教会に足を運んだことのない方々が、ちょっと、教会をのぞいて見ようと思われたら、クリスマス礼拝のある、このシーズンがよいかもしれません。お近くの教会へ、勇気を出して出席してみましょう。きっと歓迎してくれるでしょう。しかし、人間一人ひとりに個性があるように、教会にも、それぞれの雰囲気があります。あまり大きくない、少人数の、あたたかな雰囲気の、やさしい牧師さんのおられる教会が、よいかもしれませんね。

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2007年12月 8日 (土)

日本軍にあった「戦陣訓」の事実は、教科書に載せるべきと思う(沖縄タイムスを読んで)

P1020757ah 昨夜から大江健三郎著「沖縄ノート」を読み始めた。(Ⅰ)日本が沖縄に属する。と(Ⅸ)本土は実在しない。の二箇所を読んだ。この最後のⅨの中に、裁判で問題となっている渡嘉敷島の旧守備隊長への、大江氏のややテンションのあがった感じを受ける批判の言葉が並んでいた。

「…。人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き延びたいとねがう。かれは、しだいに希薄化する記憶、歪められる記憶にたすけられて罪を相対化する。…」。ここでの「かれ」は、名前こそ記していないが、旧守備隊長を指していることは間違いないと思う。言論自由の国である、このぐらいはいい。

この「沖縄ノート」をじっくり読んだ後、大江氏の文体に比べ、かなり読みやすい小説風の曽野綾子著「集団自決の真実」も、速読で読みたいと思っている。この本の横帯には、「大江健三郎の『沖縄ノート』のウソ!」との文字がある。言論自由の国である、このくらいはいい。

さて、今日の「沖縄タイムス」は、教科書出版の一社が、戦時中に日本軍が「生きて捕囚の辱めを受けず」と、米軍の捕虜になることを禁じた「戦陣訓」の教えがあったことを、教科書に盛り込んで申請することを決めたと報じている。この「戦陣訓」が、軍だけでなく、住民にも浸透し、沖縄戦での「集団自決」に、追い込んだ要因の一つであったと、明記される、とも報じている。私はまだ、この「戦陣訓」なるものを、知らないが、事実は事実として、真実は真実として、教科書に、ぜひ載せるべきと思う。

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自分の心を 客観的に眺められる ゆとり

P1020752h 犬との散歩で三峰川へ出た。川の流れを見ていて、今朝のNHK「課外授業」を思い出していた。それは、女の子が、自分の心を小さな池として描き、そこに、友だちからとても傷つくことを言われたときの、自分の不安を、大きな水滴が落ちて、水面に幾つもの波紋が広がる様子を何枚かに分けて描いていた。

その絵を、最後にアニュメーションとして発表した時、水滴の落ちる効果音も入っていた。水面が揺れ動く効果音も。そして、その心の波紋は、やがて消えて行き、静かな効果音と共に、元の静かな水面に戻るのだった。この授業の後、何人かの生徒に授業の感想を聞いていた。その中で、ある女の子が、「心が、何だか、きれいになったみたいです」と答えていた。

P1020750h 人は、自分の心を、客観的に眺められる、ゆとりを持つ時、自分の心の不安を乗り越える力を持てるかもしれない。その意味で、私たちも、時には、自分の心を絵にして、客観視するといいかもしれない。そんなことを考えながら、今日も春先のような太陽が西に傾く中、南からの風を受けながら私と犬は、爽快に散歩した。

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水と関連させて 今の心の不安を描き アニメーションにしてみよう! 人の体の七割は水

240_yamamura_k1 今朝、NHK「課外授業ようこそ先輩」を観た。今日の授業は、アニュメーション作家、山村浩二氏(43歳)が、自分の心の中の不安を、水の世界を通して表現することだった。その課題を与えられた小学生たちは、まず、水のある学校の冬のプールを見に行く。そこにある水から、様々に連想を膨らませて行くことを一人ひとりが具体的に学ぶ。水→カエル→長いベロ→アサリ→みそ汁…。

今度は自分の中にあった、不安を一人ひとりが、作文にするように求められる。ここでは、山村氏自身の幼稚園の頃の、外の新しい世界への心の不安も語られた。そして、この授業の本題に入る。その心の不安を、水と関連させて、何枚かの連続した絵にする。

虫歯の痛みや治療に不安を感じている男の子は、その奥歯の位置に、青い水で満たされた鍋を描き、それが、下の炎によって徐々に沸騰して行く様を描き、水の色も熱い赤色に変わり、爆発寸前になる。しかし、そこで突然、鍋のふたが、かぶせられ、炎も消され救われる。

もう一人の子を紹介すると、自分をコバルトブルーの海で楽しそうに泳ぐ一匹の赤い魚で描き、回りにもたくさんの魚たちが、やはり楽しそうに泳いでいる。しかし、ある日、その仲間たちは漁師に釣り上げられて、自分の周囲から次々と消えて行く。これは転校を経験した子の作品だった。いやー、よい授業でした。私も、水との関連で私の不安を描いてみると、どんなアニメになるだろうか。

安曇野や伊那高原の様々な幾つもの四季の中を、アルプスから流れ下る清流の中の、一粒の水である私。やがて、その旅の終わりが近ずく…。そして、宇宙の渦巻きのような、透明な大海原の中へ吸い込まれて行く…。う~む、手塚治虫の描く絵のイメージなってしまうなー…。あー、そうか、これじゃー、不安を描く絵のテーマからは外れてるよなー。ん!、そうでもないか。死に向かっている、死に対する不安だよな…。

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2007年12月 7日 (金)

犬の温もりが痴呆症の老人を救う

NHKBSハイビジョンの午後四時のニュースで、5日夜から行方不明だった茨城県の痴呆症の老人が、この冬一番の厳しい寒さ(氷点下2.2度)の一夜が明けた6日午後、軽装だったが、公園で無事保護されたという。

01061 その老人は野良犬を抱いていたために、凍死をまぬがれたと、報じていた。その野良犬が、その後どうなったかは報じていなかったが、誰かに、この犬も保護されて、あたたかな年末と正月を迎えてほしいなー。追記…続報、いやーよかったなー!。

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玉砕の島と教室を結ぶ絆 ビワク島で戦死したワカ子氏の父 戦争を風化させない努力

昨日の私は豊科シオン幼稚園の園児たちと、ポカポカ陽気の安曇野のあちこちを、ほぼ一日中歩き回った。そのせいか、風呂からあがり、布団に入って、すぐに眠ってしまったらしい。だから、今朝は三時過ぎには目が覚めた。NHKラジオのスイッチを入れ、四時からの「心の時間」で玉砕の島と教室を結ぶ絆(2)元・小学校教諭 高橋ワカ子氏(岩手県)の話を聞いた。

Biakusimaah この高橋ワカコ氏は、現在六十六歳。私より三つ年上のほぼ同世代である。その彼女が五歳の時に戦死した父への想いを、強く持ち続け、そして、ついに父がニューギニア西部ビアク島で戦死していたこと、洞窟で死亡したことなどを知る。その赤道直下のビワク島を三十歳になった息子と二人、近年訪問した時の洞窟での出来事には、胸に強い圧迫感を覚えた。

その洞窟のある密林では、今も、銃を持って倒れたままの兵士の遺骨が、頭蓋骨の中に樹木が根を張った姿で横たわっていると言う。風化させてはならない過去の戦争の現実を、彼女は、父への想いを起点に、執念を持って行動し、調べ、生徒たちに語り続けて来たし、教師退職の今も語り続けているのだ。

ビアク島に夕暮れが来ると、北方の日本に向かって、ワカ子氏の父は、いつもブツブツと何かをつぶやき、手を合わせていたとの、数少ない生き残り兵士の一人からの証言も、彼女は聞きだした。また、父が戦死した時、母は二十二歳。その後の母の再婚相手は、戦地から帰国してみると、妻が再婚していた復員兵であった。しかも、戦地に向かう前にお腹にいた自分の娘もいたのに…。戦争とは、普通の人々の人生を、このように残酷に狂わせるものなのだ。

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2007年12月 6日 (木)

安曇野の自然の中 今日も園児たちは アウトドアライフ いつも元気なシオンの子たち

P1020721ah 今日の安曇野、朝の冷え込みは氷点下五~七度ぐらいだったろうか。厳しかった。しかし、陽が昇るにつれポカポカ陽気となった。朝の会で賛美歌を歌い、園庭でのマラソンを終えてから、犬もいっしょに田園へ出た。

P1020734ah 見上げる常念岳や北アルプスは、真っ白な雪化粧。今日も三角凧を用意して行ったが、全く風はなし。そこで、田園の中に続く長い道を、犬と走った。気分爽快で、まるで春先の田園散歩をしているようでした。田の土手に立って、下をのぞくと、みんなの影がくっきり。

P1020729h 帰りに近くの公園に寄って、長いすべり台も楽しみました。前夜からの霜で、みんなのお尻はビショビショ。しかし、そんなことは気にしないで、何回も何回も「きゃー、キャー」と声をあげて、滑り降りていました。

P1020744sh 昼近くに、今度は犀川へ出て、白鳥たちが光の中で羽ばたいている姿にも感動。今のところ、ここ安曇野は、園児たちとのアウトドアには、最高の季節となっています。

P1020740ah 安曇野への白鳥の飛来数は、多い年は七百羽ほどが、犀川に飛来していましたが、例年に比べ、だいぶ少ないようです。それでも安曇野全体で、今年は三百羽を越え、その内の三分の一ほどが、犀川で越冬して、この冬も園児たちに、いのちの輝きを見せています。

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2007年12月 5日 (水)

我が家の玄関先にも 冬を乗り切る 可憐で忍耐強いパンジーの花 この冬もよろしく

P1020716ah 今朝の伊那高原は、氷点下の厳しい寒さで、風も冷たかった。犬との散歩の帰りに、一ポット78円で、パンジーの花を四ポット買って来た。この前は、安曇野にある教会&幼稚園の花壇に、園児たちと一緒に植えたが、伊那高原の我が家のプランターにも欲しくなったのだ。

これで、これからの寒い朝も、玄関先で、冬の凍結にも、雪にも負けないで頑張っているパンジーの花を見て、「よーし!、俺も頑張るぞー!」と外出できそうである。プランターに植えて、眺めていると、宅配便の車が、我が家の前に止まった。

もう、だいぶ前に注文していた「集団自決の真実」曽野綾子著と「沖縄ノート」大江健三郎著の二冊の本だった。大江氏が訴えられた裁判のこともあり、本の印刷に手間取っていたのかもしれない。本の後ろをのぞいて見たら、「集団自決の真実」の方が、7刷で、「沖縄ノート」の方は52刷であった。売れ行きでは、圧倒的に大江氏の勝利のようだ。今夜から読ませてもらおう。

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山のものは、山に返す、秩父山中の老夫婦

P1020715ah昨夜、 BSHV特集「秩父山中 花のあとさき」(午後八時~九時半)を観た。日本昔話に出て来るような日本の風景が広がる奥秩父の山中。しかし、生活の場としての現実は厳しく、現在は片手で数えるほどの人たちしかいなくなった集落。

山の斜面を苦労して切り開いて作った畑の手入れは、一シーズンでも手をぬくと、蔓に覆われ、藪と化してしまう。若者たちは山での生活を嫌い、山を下りる。そして、山村に住む人々の高齢化は加速する。この秩父の山中で生活する一組の老夫婦の五年間の暮らしを季節ごとに追ったドキュメント番組だった。

昨年の九月に夫を亡くし、残された八十三歳のおばあさんは、イノシシに荒らされないように、囲いを作っていた斜面の畑を見に行くと、柵は壊されている。しかし、腹をたてることもなく、「イノシシが可哀想だ…」と、意外なことを口にする。そして、その斜面の畑に山桃の苗木を植えるのだった。

P1020710ah 「自分たち人間が、イノシシたちの食糧となる木などを切り倒し、炭を焼き、あと地に、あのように、杉ばかりを植え、山の動物たちの食糧を奪ってきた…、だから、イノシシも可哀想だ」、と。そして、自分たちが開墾して作った全ての畑に、モミジや山桃の木などを植えて、昔の山に返そうと、何年も前から二人で話し合い、実行していた。その、今は亡き夫と共に植えたモミジが、大きく育ち、美しく、秩父山中の風に揺れていた。

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2007年12月 4日 (火)

風邪に負けない 冬の健康 みそ汁に みず菜とニンニク そして唐辛子

今日の伊那高原は、一日冬曇りの天候でした。夕方に犬との散歩に出た。雪もちらついていたが、雪にはなりきれず、パラパラ雨になったり、やんだりを繰り返していた。まだ顔がヒリヒリするような寒波ではない。今朝の新聞には、インフルエンザが北海道から関東あたりに流行り始めたとあった。

私は、インフルエンザなどになったことはないが、看護師をしている長女に聞いたら、予防注射は何千円もするとかで、私の場合は、そんな注射するよりも、好きなもの食べて栄養つけて、人混みに出ないでいればよいと思っている。

12150 野沢菜を、今日妻が切り漬けにした。私は今日、伊那産のニンニクを大きなネットごと購入した。私は、出汁のきいたみそ汁に、新鮮な、みず菜をきざんで放り込み、それにこのニンニクをおろして、少量入れたのが好きである。具に、つみれが一つ入っていれば、それで最高。

最近は、若い時とは変わり、ゆっくり食事をするようになった。昔はものすごい早食いで大食いだった。そうそう、体内脂肪を燃焼させるとか言う、乾燥唐辛子の刻んだのを、この季節は、みそ汁に入れると、食後には、汗が出るほど体がポカポカしてくる。

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動物園の動物たちの食材を考える

Sika21 今朝は四時前に目が覚めた。NHKラジオのスイッチをいれると、深夜便の「心の時間」で、「動物園の餌をまかない続けて25年(1)動物飼料会社」の西窪氏が、明るい口調で語っていた。動物園にいる動物たちに、自然界で自由に生活している時に口にするであろう、様々な好物の草や樹皮や枝や、竹や、葉っぱなどを、一番美味しい状態で提供することに心をくだき工夫している内容だった。

関西弁で語る西窪氏のあたたかな心も伝わってきた。自然界に暮らす動物たちは、自分の体調の事も考えて、様々な自然食材を探し、撰んで食べる。ところが、人間に捕らえられて、同じようなものばかり食べさせられ、狭い檻の中でストレスも溜まり、心身ともに病気になり、やがて死ぬ。

そんな動物園で死んだ動物たちを獣医師たちが解剖し、「よく、こんなにまで我慢して、精一杯生き抜いたなー」と、涙ぐむこともあるという。自由に食物を選択して、自由に食べられない動物園の可哀想な動物たち…。そんな一分野に踏み込み、西窪氏は、動物園の動物たちの食材を研究し、ビジネスを成功させた、農学部出身の一人らしい。

Sougou51 私の心に残った言葉の一つは、「なるべく不揃いで収穫できるように種を蒔く」だった。草も木々の芽も、食べる時の時期によって味が異なる。人間界で言う旬の味である。草の芽の味も、青葉の味も、紅葉の葉も、みんな食べる時期によって千差万別なのだ。

自然の草木も生きている。生きているという事は、みんな固有で不揃いで、多様性を持っていることなんだなー。みんな一緒の同一食文化。マクドナルドやカップ麺ばかり食べてると飽きるもんなー。ドックフードも、もっと季節や犬の気分によって、自由に選べる、多種多様なのを考えてほしいなー。もちろん安全、安心、安定をベースに。

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2007年12月 3日 (月)

可憐な小さな草花たちと共に歩む豊かな人生

P1020653ah 今日の伊那高原は、久しぶりに朝から雨。午後にはあがって、曇り空。安曇野にある教会&幼稚園の庭の小さな植樹や、花だんのパンジーには、きっと恵みの雨です。地球上の自然が雨を必要とする時は、人間の都合など無視して、小さな草花や、生き物たちの方を優先させて、雨を降らせてほしい。まあ、これは、天候の神さまへの私の希望ですが…。

ニフティーで、「園芸、花」のキーワード入力から、私と幼稚園児たちが、パンジーの花の苗を植えた記事へ訪問された方があった。何処のどなたなのかわからないが、「う~む」とニッコリ微笑んで、やさしい気分になってしまった。

Han071130311ah 山口の友人のブログの影響を少しずつ受け、最近の私は、園芸店があると、ついつい顔を出して、季節の花たちを眺めるようになっている。このような可憐な小さないのちたちに、目を向け、その神秘さに驚きと感動を持つ。こうした心を持てるのは、それなりに私の人生、たとえ貧しくとも、心だけはとても豊かに歩めている気がする。

しかし、吉田向学氏のブログに載っていた赤い小さな風船のような「チロリアンランプ」。不思議な花だなー。そう言えば、安曇野の教会&幼稚園の東側のフェンスにも、「ふうせんかずら」とかいう、緑の風船のようなのが、この前あったなー。今度行ったらしっかり観てみよう。

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2007年12月 2日 (日)

星野ジャパンと韓国対決 熱い戦いに興奮

P1020709ah 午後七時から十一時を回る、四時間を越える、北京オリンピック出場を賭けた、星野ジャパンと韓国との野球対決の熱戦に、久しぶりに興奮した。野球はおもしろく、奥も深い。明日の台湾戦も、ぜひ頑張ってほしい。

一点差の勝利の瞬間の、あの熱血男、星野監督も野獣のように吼えていた。そして、その直後の勝利インタビューを受けた時も、「いやー、俺、何言ってんだろうね…」と、興奮していた姿は、ありのままでよかった。決して、もう若くはない星野監督だが、こうした感動と感激の瞬間を持てることは、幸せである。テレビ観戦した私も、決して若くはない。しかし、こんなに夢中になって一緒に興奮して、まあ、単純な幸せ者だよなー。

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2007 教会&幼稚園 アドベント(待降節)礼拝

12055 クリスマスを迎える十二月。今日はその最初の日曜日です。クリスマスを迎えるために、四本のローソクが用意され、その一本目に、今日の礼拝で灯がともされます。そして、四本目のローソクにも灯がともされる十二月の二十三日(日)に、私たちの教会&幼稚園の今年のクリスマス礼拝と祝会が行なわれます。

もちろん、クリスマスは十二月二十五日であり、二十四日夜がクリスマスイブです。日曜日の関係で、その年のクリスマス礼拝の日がずれても、特に問題はありません。本当は、何年の何月何日が、イエスキリストの誕生日であったかは、正確には不明なのです。しかし、いいかげんな心で祝うわけではありません。

これから、私は家族と安曇野の教会&幼稚園へ向かいます。やはり冷え込みが厳しくなり、玄関前の駐車場に、そのまま放置している車の屋根やフロントガラスには霜が付着しています。もっと厳しくなると、早めにエンジンをかけておくか、やかんの熱湯をフロントガラスに、かけて霜を解かします。

そして、クリスマスのシーズン、冬なんだなー、の実感が湧き上がって来ます。しかし、このいのちの惑星、地球は大きくて、真夏日にクリスマスを迎える国もあるのです。大切なのは、ムードではなく、降誕して下さったことへの感謝を持って、心の中心に、キリスト(救い主)を迎えることです。

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2007年12月 1日 (土)

今日から師走 伊那高原 夕暮れの凧揚げ

P1020706ah 十二月に入った伊那高原の夕暮れ。いつもの犬との散歩で、今日は西天竜の東側の田園へ出ました。土手草の穂の白い綿毛が大きく揺らいでいた。西駒ケ岳から吹き降ろす南からの風だった。そして、風→凧揚げの発想となった。

P1020698ah 昨日、豊科シオン幼稚園の園児たちと安曇野犀川の土手で凧揚げをしようと思ったが、風がなく、出来なかった。そして、車の座席下に、そのまま置いていた凧のことを思い出した。試しにあげてみることにした。夕暮れの空に、やや冷たい風を受けて、見事に揚がった。

P1020702ah 夕陽を受けて東の仙丈ケ岳が、初冬の暮れて行く空を背景に輝いていた。この犬との夕暮れの散歩は、私の生活の一部となっている。何か考えることがあっても、自然の中に出て、吹いてくる風を受けて、空を見上げる時、大きな視点で、物事をみつめることが出来る。私は爽快な気分で、夕暮れの空を泳ぐ、凧を見上げた。

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教会&幼稚園の庭に咲く冬花 寒椿を忘れていました

P1020652ah 安曇野にある教会&幼稚園の、この季節の花。この前園児たちと一緒に植えたパンジーだけかと思っていたら、何と寒椿の花びらが三つ、ひっそりと咲いていました。

しかし、デジカメで何回も撮りなおすのですが、どうも、実物ほどに、きれいに撮れません。しかし、この寒椿は、小さな蕾からジワーっと花を開いてくる瞬間がいい。今まで、本当は時々気づいていたのだが、忘れていた寒椿に、すまん、すまんと詫びながらシャッターを押しました。

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NHK「関口知広の中国鉄道大紀行」 光あるものを共有し 軽やかな旅人として

P1020693sh 昨夜のNHK「関口知広の中国鉄道大紀行」ラスト四週ハイライトを観た。良い番組である。中国各地の風景、そこで暮らす人々との、旅人としてのふれ合い。う~む、いいなーと思う一時間半だった。このシリーズ番組は、ちょくちょく観てきたが、テーマ曲「光あるもの」もいい。

♪出会いと別れ
繰り返してきたけれど
たとえ悲しい風景でも
今では心で輝いてるわ

光あるものを届けにゆこう
やわらかな頬の子供たちや
老いた人のそばに静かに座り
めぐる季節感じ
しなやかに輝いていたい

汚れた街のことば
使い慣れてた
拒むことさえ忘れていた
私の心はきれいだろうか

光あることば探しにゆこう
幾億の人の渦に巻かれ
ことばを失くしてる異国にいても
耳を傾けて
ひそやかに頷いていたい

光あるものを探しにゆこう
渡ってゆく風に身をまかせて
まだ見ぬ人と街、去りゆく記憶
愛おしみながら
軽やかな旅人でいたい
軽やかな旅人でいたい

P1020692ah 中国各地には、かっての日本にもあった風景、そして人々の暮らし。そんな懐かしい原風景がいっぱい残っていて、随所で感動してしまった。「光あるもの」か…。この歌詞をみて、豊科シオン幼稚園の園児たちがクリスマス会で発表する聖劇の一場面を思い出してしまった。あのクリスマスの光を想った。「軽やかな旅人」か…。人生とは、まさに旅だよなー。旅をするものにとって、本当に大切なものは、確かにそう多くはないのだなー。分かち合う心さえ持てば…。

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