幼子のように ゆっくり歩く連休
今日の伊那高原は、春の霞で、ぬけるようなクリアーさはありませんが、素晴らしい青空が広がり、明るく暖かい太陽光が、新緑の自然を、ポカポカと照らし出しています。
私は、書斎にしているログハウスの窓をいっぱいに開き、音楽を静かに流しながら、普段出来ない事に、少しずつ時間をとって、ゆっくりペースで取り組んでいます。
庭の小さな畑や、プランターの花への水やり、犬のリーにブラシをかけたり、少し時間をかけて調べたい資料、読書、観たかったDVD、など等。
豊科シオン幼稚園の幼子たちも、厳しい冬を乗り越えて巡り来た、この春を迎え、そして、新学期がスタートして、約一ヶ月が過ぎた、この季節です。この大型連休は、母親や家族とともに、のんびりと、ゆったりと過ごしてほしいと願っています。
何かと慌しい現代社会です。爽やかな五月の風の中で泳ぐ、あの鯉のぼりたちのように、心にも、体にも、いっぱい新鮮な空気を吸い込み、深呼吸する連休になるといいですね。
昨日の早朝から、伊那中央病院の待合所で読み始めて、昨夜、布団の中で、私が読み終えた本は、「旅をする木」星野道夫著です。その本の中に、アンデス山脈へ考古学の発掘のために、大きなキャラバンを組んで出かけた時の探検隊の人々と、荷物運びでやとわれた、現地のシェルパの人たちの話が出て来ます。
ある日、山岳地帯を旅している途中で、シェルパの人々が突然、歩くのを止めて、腰を下ろしてしまいました。そして、隊長たちが何を言っても、叱っても、それ以上は、歩き出そうとしません。特に疲れたわけでも、やとわれた賃金に不満があったわけではなく、理由は意外なところにありました。
隊長が、その理由を聞くと、「私たちは、ここまで、速く歩きすぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで゜待つ必要があるのです」と、シェルパの代表は答え、隊長たちもなっとくするのです。
本当に大切なものは、この世に、そう多くはないのに、現代人は、どうしてこうも慌しく生活するようになったのでしょうか。この慌しいという言葉や、忙しいの言葉の漢字を、よく見ると、心が亡びたり、荒れたりしている状態を現しています。
私たち大人も、幼子たちのように、ゆっくり歩き、足元の草花を、やさしくゆっくりと眺め、ゆっくりと考えて、心と体を調和させて過ごす、そんな連休になったらいいですね。
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