♪ みみずだって ヒヨドリだって 犬だって みんな みんな 友だちなんだ 星の子なんだ
伊那高原の我が家の庭も、周囲の自然同様に新緑で、見事に溢れる季節を迎えています。今朝も二羽のヒヨドリが、この庭にやって来て、まず欅の樹に、そして梅の木に、さらに、白樺の木へと次々に移り、あのいたずら坊主頭を、クリクリと回しながら、枝のあちこちを眺めて、樅の木の方へ消えていきました。今日も一日春の陽光が溢れる一日になりそうです。
最近、NHKテレビの科学番組で、人類の歴史、その生命の進化に関する番組をいくつか観る機会がありました。昨夜は、そのNHKが今まで放映して来た映像も交えた、熱血天才アカデミー「ダーウィン進化論」と題した一時間ちょっとの番組を、興味深く観させてもらった。
おもしろかったのは、わたしたち人間の耳の一番外側上部の縁を触ると、少しかたい突起を感じる部分がありますが、それが、人間の進化の過程を示す一つの部分であり、その突起の部分は、私たちの先祖がネズミに良く似た動物であった時の耳の先端の部分であったという。なるほどな~、と私は両耳のその部分に、軽く指で触れて、感動してしまった。
その番組には、茂木健一郎氏もいて、「♪…みみずだって おけらだって あめんぼだって みんなみんな生きているんだ 友だちなんだ…」の歌詞を紹介していた。これは、「♪手のひらを太陽に」の歌詞である。
このダーウィンは、八十億円の遺産を受け継いでいて、生涯を自分の好きな研究に没頭することが出来たというから、うらやましい。しかし、彼は、この有名な「進化論」を世に出すに当たっては、極めて慎重であったようだ。二十年以上に渡って、その十分な証拠集めと準備を重ねて、人生の終盤の五十代で、ようやく、その「進化論」を発表したのだ。
この論文発表に慎重であった理由について、ダーウィンが記した中に、「…自殺するようなものだ…」との記述個所があった。この慎重だった一番の理由は、当時の聖書信仰に立つ教会に対してであった。あのガリレオは、当時の教会が「地球が宇宙の中心である」と信じて疑わなかった時代に、科学的真理である「地動説」を発表し、当時のローマ・イエズス会から聖書の内容を認めない異端者として捕らえられた事実があったからです。
しかし、ガリレオもダーウィンも、聖書信仰や神の存在を否定するために、科学的な研究に没頭したのではないのだ。自然や宇宙に目を向け、そこに秘められた真理を追究したのである。聖書は科学の書ではない。人間の生き方を問う信仰の書なのだ。
今も、聖書に書かれている一部を持ち出して、「人間は生きものの中で一番に神に愛されている特別に優れた存在なのである」とする、教会の教えに立つ人たちもいるが、私は違う。ダーウインが、発見したように、「♪みみずだって、おけらだって、あめんぼだって、みんなみんな生きているんだ 友だちなんだ」。
今回の番組でも触れていたが、このダーウィンの「進化論」を、優生学的に悪用解釈して、ユダヤ人虐殺に走った、あのヒットラー。あのヒットラーのような人間になる危険性を、今後の人類も、そして、聖書信仰に生きようとする、現代の教会も、残念ながら持っているように思う。
私は再び思い起こす。あの内村鑑三の「神は、この世に二つの啓示を与えられた。一つは聖書、そしてもう一つは、天然である」の言葉である。
こうした科学番組はいいな~と思う。人間社会に今も巣くう、いのちへの「差別」。科学の目で、深く観察して行ったなら、みんな、みんな、友だちなのである。正に、あの重い障害を負った体で、今も活躍している宇宙物理学者ホーキング氏の言うように、「みんな、みんな宇宙の星屑から生れた、星の子」なのである。今日の明るい太陽光に自分の手のひらを透かして見たら、赤い血潮が見えました。しかし、私の場合、この中の尿酸値が問題なんだよな~。さて、これから、私の大切なともだち、愛犬のリーと、痛風から解放されつつある足に運動靴を履いて、軽快な散歩に出かけようと思う。
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