国家とは何か 組織とは何か
昨夜に録画しておいたBSハイビジョン特集 ただ一人“おい”
直木賞受賞の城山三郎氏に対しては、「落日燃ゆ」など、多くの作品を書き、社会派のお堅い作家とのイメージを私は持っていた。しかし、肝臓がん末期の病で倒れた妻を亡くしてからの城山氏は、その妻、容子の、ロシア語での頭文字一字を、原稿やノートなどのあちこちに書き残していた。亡くなった妻を思い出すたびに、この一字を記したんだろうな~。
城山氏の学生時代。ある日、その彼が休館日の図書館の前で出会ったのが、後に妻となる容子さんだった。そして、青春の破局。だが後にまた偶然の再会。そして結婚。さらに、二人の子どもがそれぞれに独立した後の、年老いてからの二人だけの第二の人生でのこと。これらを、城山氏は、妻を亡くした晩年のライフワークとして、妻を書くことに専念していた。
こうした夫婦愛の様子を、城山氏自身が書き遺し、「そうか、もう君はいないのか」の本として出版された。そこに書かれたことを軸に、今回の番組では、再現ドラマを交え、多くの人々の証言や実像映像なども加え、一時間五十分の特集番組としていた。最後まで飽きさせない内容だった。
私が、この番組から受けた感動は多い。その中から、特に深く感じた一点だけを、下に記しておきたい。それは、1990年(平成2年)冬に、文化庁から紫綬褒章(しじゅほうしょう)の内示の電話をもらう。しかし、「役所に査定されたくない、国家や役所に口封じされたくない」との理由から、彼は断っている。「どうして!」と、問う妻に、彼は、こう語っている。「読者と、お前と、子どもたち、それが俺の勲章だ。それ以外のものは、俺にはいらんのだ!」。
17歳で自ら志願した。海軍特別幹部練習生。国家を憂いて、身を投じたそこでの体験は、彼の若い純粋な思いを木っ端微塵に打ち砕くものだった。そこでの彼の体験が、彼の、後の作品の中核となり、国家とは何か、組織とは何かを問い続けて行くことになる。その思いの一つの現れが、紫綬褒章を断わることでもあったのだ。
2002年、個人情報保護法案で、国会が紛糾した時、言論の自由が脅かされるのでは、と危惧して、その阻止に立ち上がり、その反対集会で、彼は自分の上に広がる「空の高さ、青空の高さ」と、いう表現で、個人の自由の大切さを訴えていた。軍隊は階級組織である。個人の自由や尊厳を潰して、組織は自分の頭の上にのしかかる。そんな組織を彼は、一人ひとりの一つの命の上に、置きたくはなかったのだ。う~む。
この城山三郎氏には、学生時代に出会い、終生大切にして来た言葉があった。イタリヤの経済学者が好んで用いた言葉、「静かに行くものは健やかに行く 健やかに行くものは遠くまで行く」の言葉だったという。城山氏は、国家とは何か、組織とは何かを問い続けながら、どのくらい遠くまで行けたのだろうか。彼の作品の中に、その答えが、きっとあるに違いない。
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