カテゴリー「幼稚園」の738件の投稿

2008年7月19日 (土)

「犬はえらい」を 完成させてから

Inukk このブログとは別に、私は「犬はえらい」のページを持っているが、そちらは一応の完結で、そのままにしている。それでも、毎日そこそこのアクセスがある。全国各地の犬の素晴らしさを知っている人たちなんだろうなーと思う。中には、じっくりと時間をかけて読んでくれる人もいる。

まあ、何とか、ここ一二年の間に、もう一度だけ手を入れて、ココログ自費出版で、ニ三冊の本にして残そうと思っています。まだ見積もりなどを出してもらってないが、一冊あたり、おそらく数千円以上の単価になるかもしれない。

東京のある大手出版社から、全国書店にも並ぶ方法で、出版してみないかとの連絡を再三受けてはいるが、私のような無名人の場合、自費出版が普通であり、よほど売れない限り、元がとれないのが実情である。

昨日、豊科シオン幼稚園での業務を終えた午後三時過ぎ、豊科プールへ出かけようとした、ちょうどその時、事務室の電話が鳴った。全国放映ネットを持つ東京のある民放テレビのディレクターからだった。このテレビ局は、犬を連れて全国を回る番組で、高視聴率を得ていたテレビ局である。前にも一度声をかけられたことがある。

Inuyy この秋から、長期に渡る連続もので、犬との愛情をテーマに、犬との生活の姿を追う番組企画を考えているという。そのディレクターが、インターネット上に公開している私の「犬はえらい」を、偶然目にしての、問い合わせの電話だった。まあ、しかし、私には、悲しいかな、犬はもう、一頭もいないのである…。秋までに、また犬を飼うと言う確かな約束も出来ない。正直に、そのことを伝えて、私は電話を切った。

しかし、このディレクターは、午後の一時過ぎから、約一時間半をかけて、私の「犬はえらい」の要所、要所を丹念に読んでくれていることが分かり、うれしかった。新しく犬を飼って、その成長と、また園児たちとの交流や、アニマルセラピーとしての活動などへの流れをカメラで追い、過去の犬たちとの回想を、たくさんある過去の写真の中からセレクトして、静止画挿入して流す…などの具体的な、企画内容も提示しての、長電話となった。

しかし、私が犬をまた飼うか、飼わないかは、テレビ番組とは関係ない次元のことであり、仮に、私が次に犬を飼うにしても、その出会いは、今までのように自然なものでありたいと思っている。また、そのディレクターの考える企画が、局の番組決定会議で、通るとの保障もない。私は、電話の後で、ちょつと失礼だったなー、と反省したが、「やらせ番組だけは、いやだから」、と何回も繰り返して言ってしまった。

Inugg まあ、偉そうに言える立場ではなかったのにな。たかが私の書いた「犬はえらい」である。犬はえらいかもしれないが、私はちっとも偉くないのだ。しかし……、私と出あった九頭の犬たちとの、二十年以上の想い出が、いっぱい詰また「犬はえらい」である。私の人生の三分の一は、犬たちと共にあった生活だったんだもんなー。でも、民放も、その独自性を生かし、今後も頑張って、より良い動物番組制作を目指してほしい。私も、そうした情熱に共感し、応援したいと思っています。

我が人生で、もし十頭目の犬を飼うとしても、それは、「犬はえらい」を、もう少しだけ、納得の行く形で完成させてからにしようと思っている。さーて、体を鍛えに、今日はプールだ。

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海外の卒園生たち 日本の夏を忘れるな

P1000331h 二日前の朝方に、園児たち、そして中学生たちと、豊科シオン幼稚園の庭の草取り作業の時に、三歳児のSくんが、赤トンボが飛んでいるのを発見したらしい。みんなが、よろこんで「赤トンボ、あかとんぼ」と、騒いでいるのが、電話に出ていて、事務室にいた私の耳に聞こえた。

そして、昨夜の八時過ぎ、私は風呂から上がり、ほてった体を冷そうとベランダへ出ると、見事な満月が、東の雲間から昇りかけていた。まるで中秋の名月のような、感動する姿だった。さらに、窓を開けていて、夜中に目が覚め、またベランダへ出ると、我が家の真上あたりに月が来ているらしく、その明るいことに驚いた。その月明かりで腕時計を読むことが出来た。一時三十八分だった。庭の手入れが出来るほどの明るさだったもんなー。もちろん、窓を直ぐ閉めて、眠っちゃったけど。

今日から、伊那高原のプールがオープンです。十時過ぎには、ニコニコ顔で出かけるつもりです。太陽の光に満ちた庭に目をやりながら、「よかったねー」と、妻が私に言います。「トマトを冷して、トウモロコシもたのむよ」、「ハイ、ハイ」。泳ぎを終えてからの、冷えたトマトと、空き腹へのトウモロコシは、私の少年時代からの定番です。それと、何故か、泳ぎの後のラーメンも最高である。このラーメンは、昔ながらのラーメン店のラーメンが美味い。

このブログで「暑中見舞い」を発信したところ、昨夜にアメリカ合衆国からアクセスがあり、そうだった、そうだった。アメリカのシアトルへ留学していたYもいたんだと思い出した。それと、今年の春からベトナムで、日本語学校の教師をしている、Y君もいたんだったなー。海外へ出ている卒園生たちを、すっかり忘れてたよ。とりあえず、そんな海外のみんなにも「暑中お見舞い申し上げます」。この夏に帰国することがあったら、必ず教会&幼稚園へ顔を出してくれ。

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2008年7月18日 (金)

雨のち曇り  そして夏の青空

07129 今日は室内保育で、朝の会を行い、みんなで、スキップダンスを行いました。女子中学生四名も参加して、楽しく出来ました。また赤頭巾ちゃんごっこ(椅子取りゲーム)も、大変盛り上がりました。

窓の外に見る雨が、だいぶ小降りになって来たので、みんなで傘をさして近くの神社境内まで散歩に出ることにしました。屋根つきの広い舞台で、「だるまさんがころんだ」などのゲームをして遊び、また広い境内でかくれんぼをしている内に、雨は完全にあがり、雲が動き、青空がのぞき始めていました。

いつものように、帰りには、ミニ公園により、ブランコをみんなで楽しみました。体は園児や小学生より、当然大きいのですが、そのなかみは、まだ子どもらしさや、可愛らしさの残るのが、中学生です。そんな中学生にもブランコを楽しんでもらいました。

「それー!、もっとスピードあげて、そう、そこで空を見上げて見ろ!。成績がなんだー!。このやろー!。自分の心の中の叫びを、そのまま正直に、あの空へ向かって放って見ろ!。そーら、ブランコは、幼子の頃の心を取り戻す、不思議な遊具なんだよ。ディズニーランドの、どんな乗り物より、ぼくは好きだな~」。「なー、心がワクワク、スッキリするだろー」。

と、まあ、ブランコに乗って、大きく揺れる中学生たちに、声をかける私でした。実は、この私自身、このブランコに乗るのは大好きなのです。園に帰ったのは、十二時半近かった。

P1000330h お帰りの会では、中学生たちとの三日間に感謝し、お別れ会をしました。「こんな小さな子どもたちと遊んだのは、初めてのことでした。楽しかったです…」。と、四人の中学生たちは、それぞれに挨拶しました。

さーて、園児たちも、中学生たちも帰ったし、完全な夏の青空が戻って来たから、これからプールへ出かけて、少し泳いで来ることにしよう。「やっぱりねー、そうくると思ってました…」と、妻。

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写真付きで  暑中お見舞い申し上げます

P1000326fh 今日は、また雨が降り出して、どうやら雨の一日になりそうです。豊科シオン幼稚園の、今日の予定だった豊科プールでの水泳教室は、残念ながら中止です。

再び、雨の降り始めた窓の外をながめて、残念がっている私に、「もう、歳なんだから、神様のストップじゃあないの…、たまには、泳ぎの休息が必要ということ…」と言いつつ、だいぶ日に焼けた私の写真を一枚カシャリ。

新潟の窓から日本海を眺めているA君、また都心で学んでいる、卒園生たち、そして、大阪水上隣保館時代の、教え子たちよ、この私の顔を見てくれ。それから、バット博士記念ホーム時代の、教え子たちも、元気にやってるかい。これからも、このブログを覗き続けてくれ。

元気なうちは、書き続けるつもりだよ。あー、そうだ箕輪中学で九組だった、仲間たち、みんな、みんな、六十半ばのじいさんばあさんになったけど、思い出の中のみんなは、まだ青春のままだもんな。今度久保田が幹事をやる同級会、この夏になるのか、昨年のように秋になるのか、まだ僕のところには、連絡ないけど、また元気で会おうな~。みんなが一緒に歳をかさねているんだと思うと、俺一人ではないから、心強いよな~。

07128 ここ安曇野は、まだ梅雨明け宣言がないけど、まあ、早いとは思うけど、このブログをのぞいて下さる全ての人々に、痛風を機に、十キロ近く体重を落として、ややほっそりと、その分、だいぶ老けた感じもするこの私の姿ですが、(と、言いつつ、日焼けで光って、普段よりだいぶ若く見えるな…と内心少し喜びつつ、)の写真入りで、雨の日ではありますが、感謝を込めて、「暑中お見舞い申し上げます」。これからも、こんなヤクザな私ですが、よろしくお願いいたします。

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幼子も中学生も  やがて立派な高齢者

P1000323a  昨日は、園児たちそして中学生たちみんで朝の時間に、庭の草取り作業をしました。それから、十時三十分前には、「光の子」讃美グループ活動で福祉施設「常念荘」へ出かけ、二つのホールを回り、一時間ほどの、交わりの時を持ちました。

「いいかい。今十三歳の中学生であっても、後六十年、七十年経つと、君たちも確実に、このように、立派な、どこから見ても若いとは言えない、おばあさんや、おじいさんになるんだよ。幼稚園の子どもたちだっていっしょだよ!」と、大勢の高齢者の方々を前に、おどおどしている女子中学生たちに、私は声をかけた。これを聞いた、車いすやストレッチャーに乗っている高齢者の方たち、そして職員の方々が大きな声で、明るく笑った。中学生たちは、ようやく「ふっ」と肩の力がぬけて、笑顔が戻り手遊びなどに参加した。

P1000324a_2 最近は核家族化が進み、高齢の祖父母などと一緒に暮らす家庭は、このような田舎の安曇野であっても少なくなっているのだ。この日は、犬二頭と、ボランティアの主婦二名も参加して、いつもより賑やかに、交流の時を持つことが出来ました。

アニマルセラピーのボランティアの主婦二人も含め、全員で園に帰り、途中のコンビニで買ってきたアイスを、大きな桜の樹の木陰でいただき、しばらくは自由遊び。三十度を越す中で、汗ばんでいた園児たちは、蟹型の小プールで、水道水のシャワーで水浴。頭から私に猛烈にシャワーを浴びせられ、鼻で息をしないための訓練で、「パッ、パッ」と大声を出させているので、まあ、その「パッ、パッ、パッ、パッ」の声が、またその幼子たちのしぐさのおもしろいこと。二人の主婦も中学生たちも、「かわいい~!」と声をあげていました。その中学生たちにも、放水してやり、そして、サッパリしたところで昼食。私自身も、もちろん全身放水して、とてもスッキリ。

P1000325h 事務室に入ると、机の上に、みんなの絵本シリース゛の今月配本分が届いていました。それと、私が若き日に勤務していた、大阪水上隣保館から、「水上の友」夏号も来ていました。そのトップの写真の下に目をやると、…「目標に向かって」琵琶湖一周高校生キャンプ…と記していました。そうかー、この私も、水上隣保館時代に中高生を連れて、琵琶湖西岸の安曇川近くで、キャンプしたんだよなー、今は、自転車で、何日かかけて、琵琶湖一周のサイクリングをしてるんだなー。六十四歳のおじいさんになった私は、若者だった三十数年前の頃の自分を、懐かしく思い出していました。

さーて、朝方に、やや激しい雨があり、曇り空の今日は、どうしようかなー。どうやら、今日の水泳教室は無理な天候です。

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2008年7月17日 (木)

平和ボケ日本にも  自己責任の時代

Pgi01971 昨夜のNHKラジオ深夜便のワールドレポートは、イギリス在住の女性からだった。イギリスの場合、飲酒運転にならない飲酒量は、だいたい生ビール560mℓだという。フランスでも、飲酒運転は、普通になっているらしいと、前に何かで私は読んだことがある。

ところで、妻の兄夫妻が四ヶ月間の豪華船による世界旅行から帰って来た。そして、世界各地から、絵ハガキなどを我が家宛てに、たくさん送ったらしいのだが、ギリシャからの絵ハガキ一枚以外、何も届いていないのだ。荷物なんて影も形もない。

この点でも、日本の郵便や宅急便などは、おそらく世界一凄い。必ず着く。しかし、こうした感覚で海外へ出ると大変なことになるのだ。私と同じ年の作家に、椎名誠氏がいる。世界を旅するアウトドアの男である。その彼が、何かで書いていたが、ロシアでは、年間に貨物列車四千台分の品が、貨物列車ごと何処かへ消えてしまうらしい。まあ、日本でも高級車などが、一夜で何処かへ消えることは、しょっちゅうあるらしい。

何処かへ、代金を払って、タラバガニを送っても、受付を通ったとたんに、何処かへ横流しされて、消えてしまうのだ。まあ、日本でも時々、郵便配達のパートの人が疲れてしまい、どこかへ捨てたり、自宅へ持ち帰っていた例もあるから、他国のことばかり言えないが、今の世界の多くは、こうした状態が普通と考えて、まず間違いない。また、タイプはやや異なるが、日本の振り込め詐欺は、やるやつも、ひっかかる人々も、世界的に見ても凄い。被害額は何百億、何千億だもんなー。

日本でも最近、「自己責任」という言葉が、小泉政権の頃から浸透し始めている。これが、アメリカを始めとして、世界各国の常識となっていることを、海外旅行をする人たちは、心しておいた方がいい。

私もイスラエルへ、小さな旅をしたことがあるが、暴力タクシーに出会った経験がある。これは、タクシー運転手が、のほほん天国の日本人などを、言葉が分からないとみて、とんでもない所へつれて行き、不安がらせ、代金を吊り上げる悪質タクシーのことである。

妻がこの前、伊那市から京都駅まで、超安値片道2900円の小型オンボロバス恐怖を初体験した。十人前後の客だったらしいが、恵那峡あたりまで行ったところで、三十歳そこそこの運転手の携帯電話が鳴った。高速道での片手運転である。こんなことも海外ではあたりまえ。中にはカッブヌードル食べながらの運転手もいる。本当である。みんな生きることに必死なのだ。金使って海外旅行出来るだけ日本人は豊かで幸せなのだ。

妻は、その、片手運転手の直ぐ後ろの座席が指定された場所で、足が伸ばせない席であった。結局、恵那で、そのバスは、伊那市で一人、拾い忘れた客が来るのを待つのに、一時間。それからが、妻は恐怖だったらしい。京都に着いたのは、キッチリ定刻だった。だから、いかに無茶苦茶運転して、一時間の穴埋めをしたか、想像出来る。生きたここちがしなかったらしい。足は硬直し、下車してからしばらくは、その場を動けなかったらしい。

まあ、しかし、これも自己責任の部類に入るんだろうな~。信じられないような値段で、京都まで行けたのだから。長距離バス会社の競争の激化。燃料費の急騰。バス会社だって必死なのだ。こんなことは、海外では当たり前。妻の場合、バス会社は約束通り、定刻には死者を出すことなく、京都駅まで運んでいる。まあ、平和のほほん天国に育った妻には、とってもよい経験ではなかったのかなー。インドは凄い、どんなトラブルが勃発しても、「ノープロブレム」の、静かな一言である。もんだいないよ、なんとかなるよ。仮に死んだとしても、それも運命よ…。う~む。

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子ども用ライフジャケット

Np0291 夏休み計画の中で、一つ気になっていながら忘れていたことがあった。八月に琵琶湖へ来る長男と長女家族に、孫が三人いるが、この孫たちが、私のカヌーヨットに乗ることも考えられる。

その孫たち用のライフジャケットの事だった。毎年、全国各地で幼い子供の水難事故のニュースが流れる。特に波の高くなる海岸、そして流れの急な川などの近くでは、必ず、最近出回るようになった子ども用ライフジャケットを付けておくことで、万一の時に役に立つ確率は高いように思う。一番は、幼い子どもたちからは、絶対に目を離さないことである。

そんなわけで、今朝一番に、インターネットショップのページをいくつか覗いて見た。子ども用には、一番小さなXSがあり、次がS、そしてMの各サイズがあった。二三歳の子の場合、首の周りに、浮輪状の支えのあるのが必要かもしれない。

まあ、我がファミリーの場合、小一と幼稚園の四歳の孫用にと、Mサイズを一着注文した。二歳の孫だけは、ヨットに乗せるには、岸辺近くと言っても早すぎると判断したからだ。昨年だったろうか、小型ヨットに、ライフジャケットを着用させないで四人の子を乗せての転覆事故があった。

ポート、そしてカヌー、ヨットは必ず転覆するものである。だから、その復元方法の技術は、乗る者にとって、大切な一つとなっている。私は今年、大阪のアクアミューズの高橋さんから、その基本について教わったが、転覆した舟艇の底側に回り、風下を背にして、体を沈めた反動を利用して復元する、様々な技術は、とても大切と感じている。これを何回も練習し、マスターしてから、帆走に出るべきだなーと感じています。

今朝の安曇野地方は、青空が広がり快晴の夏空です。昨夜にまた雨があったらしく、たっぷりと降ったことを示す地面の黒さと、大小様々な水たまりが駐車場に見られます。今日も、プールへ行きたいところですが、今日の豊科シオン幼稚園は、午前は、「光の子」讃美グループ活動で、福祉施設「常念荘」へ行きます。まあ、昼頃には、汗を光らせるだろう子どもたちに、水道水シャワーをサービスすることになりそうです。赤の蟹さん小プールもあります。

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2008年7月16日 (水)

私が中学二年だった   あの夏

08260朝の会で、園児たち、そして職場体験実習に入った女子中学生たちと、「サンサン夏が来る」の歌をうたっている時でした。この夏初めてのジージー蝉の鳴き声を聞いた。一瞬みんなの歌声が止み、ピアノ伴奏の音も止み、みんなでしばらく、その蝉の声を聞いていました。ついに、この安曇野にも、本格的な夏が来たのだ。蝉の声は、それを告げていた。

そして、夏空の下。私は、競泳五十メートルプールで、五十一歳年下の女子中学生との競泳に挑んだ。横を見ながら、「よーい、ドン!」と、私が声をかけた時、彼女はロケットスタートを切っていた。そのスタートの出遅れが痛かった。いいところまでいったが、ついに追い抜くことが出来ず、ゴール。あああ、負けてしまった。

穂高東中学水泳部二年で、県大会出場選手の子だった。まいった、まいった。しかし、クロールの1500メートルとか、平泳ぎで勝負すれば、私の完勝だろうな~。どうだ、どうだ。

安曇野の今日は、青空も広がり、午前十時から十二時半過ぎまで、十五分休憩を二回とって、約二時間、流れるプールや十五メートルプールを使っての、豊科シオン幼稚園の水泳教室でした。

年長組の二人は、水泳教室初日にしてはまずまずの三メートルと五メートルを、顔を水に入れて、スーパーマンスタイルのバタ足で泳げました。年中組と年少組の七名は、水に慣れる段階ですが、特にこわがる子もなく、こちらもまずまずの出来でした。

08193園に帰って、保護者から差し入れのあった冷えた甘いスイカを、みんなでいただき、日焼けしたピンクの顔を光らせて、みんなニコニコ。

そうかー、中学二年生生かー…。まだまだ子どもで可愛いもんだな~。遠い昔、そう、今から五十一年前、私が中学二年の夏休みに入る最後の日だった。下校前に席替えがあり、ちょうど私の隣りの席は、なんと、なんと、もう一度言う、なんと、ついに三つ編みお下げの、E子になった。しかし、その私の喜びは、その直後に、クラス担任の鈴木先生の一言で打ち砕かれてしまった。

「E子さん、前へ出て来て下さい。実は家の事情で、H子さんは東京へ引っ越すことになりました。今日でお別れになります……」。ガーン!。

あの中学二年の夏休みは、何をしていても面白くなかったな~。う~ん、ちょっと違うなー。西天竜の流れで泳いでいる時や、トマトを食べている時とか、トウモロコシを食べている時なんかに、ふっとさびしく感じたのかなー、まあ、けっこう楽しく夏休みは過ごしていたなー。

でも、人生っておもしろい。還暦を過ぎて、毎年中学の同級会があり、あの時の彼女に、私の本ジョンのいる幼稚園」(キリスト新聞社)を贈ったり、彼女から年賀状をもらったりしているんだもんなー。歳を重ねることは、決してわるいことばかりではないのだ。素晴らしいこともたくさん起こるのだ。まあ、そんな話を、昔を思い出しながら、あの時の彼女と同じ、目の前の中学二年生の女の子たちにしている私でした。やれ、やれ。

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命をあずかる 責任の重さ

07218 今朝の伊那高原の空は、薄い雲に覆われています。これから妻と安曇野にある教会&幼稚園へ向かいます。水曜日勤務の教諭の方が、短期間ですが日赤病院へ入院されたのと、今日から三日間、安曇野の中学校から四名の女子生徒が、職場体験実習に入るためです。

雨も降らず、気温が上がってくれば、予定では、豊科プールへ、みんなで出かけ、今日は水泳教室です。夏休み前に、四回ほどの水泳教室をしておきたいと考えています。

私は日赤の水泳指導員、救助員の資格を若い頃に取得しています。この資格は、取得後に毎年、規定の人数の子どもや大人に講習会をしたり、水泳教室の指導にあたらないと、更新にはならない仕組みになっている資格です。国際資格でもあります。

一般的には、警察や消防署などの、水泳の得意な、体育会系の連中が、何日間かの講習を、正式競技用の五十メートルプールと、水深のある飛び込み用のプールで受け、最後に筆記と、人工呼吸、心臓マッサージ、最後にかなりハードな実技試験を受けて、パスする資格です。

私の場合は、児童福祉施設や現在の幼稚園で、この資格は別として、自分の得意な水泳が、現場で生かされて来た気がしています。梅雨の季節に、安曇野の大型用水路に、ラブラドール犬のアージュが飛び込み、それを救おうとして飛び込んだ私を見て、同じくラブラドール犬のリーが、そして一番大きなマークが、さらにクロスとジョンも、私を追う形で、激流に流されたことがあった。

二十数人の男の子を中心とした園児も一緒の時だった。今振り返ると、園児たちの命の危機に、私が直面した瞬間だった。今でも、背筋がやや寒くなる。それ以外は、この歳まで、事故なくやってこれたこと、本当によかったなーと感じている。

子どもたちに関わる職務には、こうした命をあずかっているという、厳しい責任のあることを、意外とみんなは、事故が起こるまで、知らないような気がする。この夏の季節になると特に、私はこのことを自分に言い聞かせて勤務に入る。危機管理はいつも大切である。

そして、明日は、夏休み前、最後の「光の子」賛美グループ活動で、福祉施設の「常念荘」へ出かけます。こうした、水泳教室や野外教室、福祉活動などには、私も必ず参加し、短大などから実習生を受け入れたり、今回のように、まだ子どもの中学生などをあずかる時も、勤務に入ることにしている。

P1000318h しかし、まー、来週で、もう一学期が終わり、夏休みに入るんだなー。季節の移り変わりは、本当に速いなー。夏休みそのものも、油断をしていると、「あっ」と言ってる間に終わっちゃうもんなー。心を引き締めて、一日一日を大切にしたいと思う。今、横目でテレビの天気予報を見ていたら、安曇野の今日はお日様マークと雲マークが並んで出ている。

どうやら、日中は晴れ間がありそうである。さー、水着だけは忘れないようにして、出かけるとしよう。

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2008年7月15日 (火)

変人牧師は、閉塞のキリスト教界に必要だ

Jjjo 最近、私のこのブログへのアクセスが、だいぶ賑やかになって来ています。あるワードで、アクセスして来たのを、逆アクセスしたところ、おもしろいページに行き着きました。それは、Kizasi.jpというページでした。

Kirinuki そこに、憲法学上の「変人」2007年7月11日(水) 11:16の見出しで、おそらく、向学氏のブログからの転載だと思われる一文に出会い、いい文章だなーと、うれしくなってしまったのです。それは、以下のようなものでした。

「そして、誰もが「市民」に、つまり変人になれることを保障するのが憲法の重要な役目である」。日本基督教団農村伝道神学校・・・、当時の同期の学生に、現豊科教会のJhon F Cross牧師(正規コース)、周防教会の村田敏牧師(正規コース)、それから、奥羽教区の地方教会から防衛省のすぐ近くの都会の教会に赴任した千代田教会の太田春夫牧師(継続教育コース)、それから筆者・下松愛隣教会の吉田向学(粗製濫造コース)がいますが、もしかしたら、農村伝道神学校は、「変人」養成学校だったのかも知れません」。
105_0508bfh これを見て、私が特に気に入ったのは、誰もが「市民」に、つまり変人になれることを保障するのが憲法の重要な役目である」の一文です。そして、ここに並んだ日本キリスト教団の牧師たちは、今、それぞれの使わされた地で、変人ぶりを最大限に発揮して、活躍しています。そして、それぞれのスタイルで、自分のブログを持ち、情報も発信している、極めて健全でオープンなメンバーです。
Kizasi.jpの記事の横には、ユーチューブの動画で、革ジャンを着て、大型バイクに乗り、全国を走り回り、伝道している有名変人牧師の説教の一部も公開されていました。型にはまって、硬直化し、閉塞感の見られるキリスト教界群の中にあって、様々な変人牧師が、出現することは、歴史の必然かもしれません。2000年前のイエスキリストの出現も、当時のユダヤ教の世界では、完全に、奇人、変人に見えたに違いない。それが証拠には、時の権力者たちによって殺されました。
Inu1014h この、私は、安曇野の地方新聞に、そのものズバリで、記事の文中の流れの中で、好意的にでしたが、「変人牧師&園長」と書かれたことがありました。それを読んだ私の一番上の、専業農家の兄から、「あまり、牧師らしくないことをして、兄弟や家族に、迷惑をかけるなよ…」と、注意を受けたこともあります。
まあ、今も私は変人のままで、おじいさんになりました。今年の夏も、琵琶湖にヨットを浮かべて遊びます。安全に遊ばないで、事故でも起こしたら、またまた「変人」と、今度は悪意で記事にされ、兄弟や家族たちに、また教会&幼稚園のみんなに迷惑をかけることになるかもしれません。
105_0580a2 私の周りの、教団教会の近いエリヤ内、(地区、分区、教区)で、一匹狼である私は、どちらの意味かは分かりませんが、間違いなく「変人」の部類に入る牧師に違いありません。しかし、六十四歳の高齢になった今は、あの医師で、作家の渡辺淳一氏が書いていましたが、おじいさんが、多少のはめを外すことは、若いあんちゃんの不良と違って、とても人間的なことだと、私も感じています。
これからの私は、今までもそうだったかも知れませんが、「過激な発言や行動」を、発信する、変人牧師を、さらに目指し、八十歳ぐらいまで頑張ろうかなーと思っています。

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琵琶湖の自然を大切に

P1040038ah11 飯田忠義著「琵琶湖周航の歌」小口太郎と吉田千秋の青春(京都新聞出版センター)の本は、時間と日数をかけて、部分的には、何回も読み返したりしながら、じっくりと味わいながら読ませてもらった本です。

琵琶湖周航の歌の、作詞者は誰か。この歌の原曲となった「ひつじ草」の作曲者は誰か。そして、この歌の背景には、どんな時代が、そしてどんな青春があったのか。この本の著者の、長年に渡たる、そうした探求と取材の旅の情熱が、読む者の心に深く沁み込んで来ました。近年に出会った本の中では、一番印象に残る本となりそうです。

昨夜遅くまで、妻のピアノの協力を得て、最近は遠ざかっていた、自作の歌にチャレンジしてみました。まだ、この歌の題名を何にしようか迷っているのですが、まあ、私が自分で歌う歌であり、歌詞に出てくる言葉そのままに、今の私の心境である、「胸躍る夏」としました。

「胸躍る夏」…作詞、作曲 John F Cross(2008.7.14)

①甦る     青春の日の血潮

帆を上げた     ヨットの上で      ラダーを握る

若者たちが     琵琶湖周航      ボート漕ぎ

進んだ湖上     我もまた進む

嗚呼     胸躍る   夏

②甦る    青春の日の夢に

風をよみ       ヨットの上で        ラダーを握る

若者たちが    周航の歌        響かせて

湖畔に淡く     恋の花揺れた

嗚呼      打ち寄せる      波

③甦る     青春の日の言葉

波を切る      ヨットの上で        ラダーを握る

夕暮れの     ガリラヤの海       向こう岸

渡り行こうと     弟子たちが聞いた

嗚呼        その声今も        胸躍る     夏

P1000318h_2 この歌を歌いながら、和邇浜をスタート地点として、北上しての右回りの約100キロの琵琶湖周航になりますが、一日に25キロほどを目安に、四日ほどをかけて、帆走しようと思っています。古代インドでは 人生を4つの時期(①学生期〔がくしょうき〕②家住期〔かじゅうき〕③林住期〔りんじゅうき〕④遊行期〔ゆぎょうき〕に分けて考えたという。

私は、この人生の区分から言うと、林住期にあたる歳になりました。しかし、家族も教会&幼稚園の方々も幼子たちも、こんな私の夏休みの計画を、あの、イスラエルのガリラヤ湖へ泳ぎに行った夏同様に、応援してくれます。

この琵琶湖をはじめて私が訪れたのは、児童養護施設大阪水上隣保館時代に、そこの子どもたちとキャンプで訪れた時でした。そして、27歳の夏に私は、安曇川から米原まで、子どもたちの声援を受けて、一日をかけて泳いで渡りました。また、私の愛犬たちとも、訪れた湖です。

051219162712_3111 近年の温暖化などの影響もあり、湖畔の自然や、水質がとても心配です。美しい日本の自然全てがそうですが、琵琶湖周航の歌と共に、大切に後世に残したい湖ではないでしょうか。京都の第三高等学校の水上部(ボート部)が周航したのは、左記の図のコースだったようです。当時の琵琶湖は、今よりもずーっと美しかったに違いない。なお、私の周航では、琵琶湖大橋から南は、カットしています。
 

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2008年7月14日 (月)

検査結果は 異常なし

Isya011 伊那中央病院での「痛風」チェックは、八時半前に、自宅を出て、最後に、処方箋を持って薬局にも回り、十時半過ぎには帰宅できた。もって行った茂木健一郎著「脳整理法」(筑摩新書)は、50ページほどしか読めなかった。

私の腕の血管は、普通より奥にあるらしく、今回も手間取り、今回も二回目で成功。その結果は、尿酸値が3.7と、前回の4.4よりさらに下がり、異常なし。肝機能、腎機能共に異常なし。

しかし、最近の血液検査は、凄い。筋肉内の何かが変化していて、運動などで変化する数値らしいが、「心配する数値ではありませんが、何か、最近激しい運動をされましたか?」と、私の長男ほどの若いT医師に聞かれてしまった。私が答えると、「あー、水泳を二日連続で、けっこう泳がれたんですね、たぶんそれでしょう。いずれにしても、心配ありません」。

「あのー、俺、ここ三ヶ月ほどで、十キロほど減量して、体は快調になったんだけど、前のように、あまり食べなくなって、栄養面が心配なんだけど、どうだろう…」「えーと、大丈夫ですね、蛋白質の量も十分ですよ」。

「最近、ビールもけっこう、うん、プリン体カットのを中心にだけど飲むようになってるけど…」「あーと、そうですね、肝機能、腎機能共、数値は確かに前回よりは上がってますが、問題のない範囲ですね」。パソコン画面に出る、かなりの行数で並ぶ、各項目数値の表や、折れ線グラフの表を見ながら、T医師は私に、爽やかに明快に告げるのだった。

しかし、医師という職業は、なかなかいいもんだなー。俺も今度、この世に生まれてくる機会があったら、ブラックジャックのような外科医を目指してみようかなー。牧師のような中途半端な職業よりスッキリした職業だよなー。

次回の検査は10月20日である。こうして、中途半端牧師&幼稚園長の私は、この夏も元気に過ごせそうなのだ。やれ、やれ。帰宅して直ぐに、伊那の大芝高原管理事務所へ電話して、プールオープンの日を問い合わせた。今週の土曜日からと言うことだった。ここ伊那高原にも、本格的な夏が来るんだな~。

今朝、神学校時代に机を並べた一人、私より十ニ三歳若い、周防教会の村田敏牧師のブログをのぞいたら、先週に、目が回って倒れて、寝込んだらしい。そして四十時間振りに、ようやく食事して、ソー麺をとったようなことを書いてあった。やっぱり、あっちの夏は暑いのかなー。大阪出身のあいつは、しかし、アルコール類は一切だめな分、食べ物が偏ってるのとちゃうやろかー。

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今日は「痛風」のチェック日

07140 朝日が昇り、その放射状に広がる光を受けて、大小様々な鳥たちが身を光らせて、我が家の庭の上を、様々な方角から交差して飛翔して行く、活気に満ちた朝です。

私は、そんな空をベランダの安楽椅子に腰掛けて見上げていました。どうやら今日の伊那高原の天候は晴れのようです。安曇野の朝には、めったに聞くことの出来ないカッコウの声が、今朝も東の林の方角から響いています。いい季節です。

昨日は、日曜日の礼拝を終えて、さらに、幾つかの事務処理を、手早く済ませ、午後二時過ぎに、まだ洗濯機を回していた妻に送ってもらい豊科プールへ向かった。そして、夏休み前の豊科シオン幼稚園の水泳教室の日程などを書き込んだ、教育委員会宛の「プール使用願い届け」を、受付事務室にいたKさんに渡した。

二十五日から始まる夏休み前の今週に、二日、来週に二日の、計四回が、豊科シオン幼稚園の水泳教室です。昨日はそのまま、駆け足で五十メートルプールへ向かい、クロールと平泳ぎを交互に混ぜながらの十ターンを一時間ほどで泳いだ。まだスピードに乗るところまでいかないが、だいぶ良い感じで泳げて、まあまあ満足。

やや冷たく感じるシャワーを、一人で騒いで浴びて、妻との約束の時間ピッタリに、駐車場へ出た。ちょうどやって来た妻の車に乗り、そのまま安曇野を後にした。

今回は木曜日から日曜日にかけた、三泊四日の、幼稚園と教会の職務を終えて、中央高速道で伊那高原の自宅へ向かった。安曇野と伊那高原の違いは、プール開きの初日が、安曇野の方が一週間ほど早いことである。

それと、プールの水質に明らかな違いがあり、伊那高原の大芝プールの水質の方が良い。透明度も高く硬質に感じる。大芝プールの方が、林にも囲まれていて眺めもいいし、やっぱり、自然の中で泳いでいる感じがするから、私は大芝プールの方が好きである。我が家から、車ですぐの距離にある。しかし、問題はプール開きの初日が遅い。まだ今週は泳げないもんなー。

Illust333_thumb1 私の今日は、朝一番の八時半から、伊那中央病院で、「痛風の」チェックを受け、夏休み中の薬を受け取りに行く。まあ、痛みや炎症は、全く出ていないから、心配はしていない。体重も76キロ前後を維持している。ビールは…、プリン体99%カットのやつだが、けっこう飲んでいる…。まあ、しかし、時には、こうして病院へ行くのも楽しみになっている。

様々な人々が、それぞれに、病気や問題を抱えながらも、こんなにも多く、こうして一生けんめい生きているんだな~、と感じるからだ。そんな待合コーナーで、文庫本を読んでいるのも、わるくないのだ。

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2008年7月13日 (日)

野の花を 「注意して」 見なさい

P1000305ah 今朝の日曜礼拝&日曜幼稚園で私が語ったのは、先週に引き続いて、「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい」の聖書の箇所だった。

注意して」をどのように分かりやすく深めて語るかのヒントを、今朝の「心の時代」で、聞いたカンパーランド長老教会牧師夫妻の「共に生きる」の言葉から受けていた私は、だいたい以下のように語った。

P1000303h_3 小学一年生の夏休みの宿題の「朝顔の観察日記」で、子どもたちが注意深く観察するのと、同じことを、今日の聖書の箇所は私たちに求めています。

家族が、喜びも悲しみも共にして生きているように、私は、安曇野で出会った四頭の大型犬たちとも、「共に生きる」ことを心がけて、共に生きて来ました。犬たちや幼稚園の幼子たちと一緒に行けないような場所や、拒否されるような処へは、私も行かなかった。そうした場所は、私にとっても行く必要のない所と考えた。

私より十二歳年上の、一番上の兄は、伊那高原で農業を父から受け継ぎ、農業高校を卒業すると、新たに梨やリンゴ園、そして畑をたくさん借りて、「酪農」も始めた。

P1000308ah その長兄は、友だちたちと一緒に、さらに信州大学の農学部あたりへ進学したかったかもしれない。それだけの学力もあった。しかし、経済的なゆとりは、我が家にはなかった。そして、長兄は頑張った。その長兄にとっての牛たちは、正に、「共に生きる」いのちたちだったに違いない。朝早くから夜遅くまで、牛たちと共に生きた。

その牛たちのおかげで、四人兄弟の末っ子だった私だけが、大学にまで進学させてもらえたと思っている。家族も、そして家で飼われた犬や猫も、牛やヤギや鶏なども、さらには、畑の農作物も、家の周りの草花たちも、正に、私たち家族六人の運命共同体の「共に生きる」いのちの仲間たちだったのだと、今になって振り返るとき、大きな感謝の心が湧きあがる。

P1000310ah長兄は歳を重ね、体に限界を感じたり、他の様々な事情で、酪農を止めることを決断する時が来た。そして、その最後の牛たちと別れる時。それは、きっと、私が犬たちと死別した時以上に、胸に迫ってくるものがあったに違いないと、この歳の今になって、私は強く感じる。

P1000314h 今日の聖書の箇所の「注意して」とは、この「共に生きる心と目を持って」、しっかりと野の花を見なさいと、イエスキリストは語っているのだと思う。商売だから、金を稼いで、良いものを着ようとか、そうした思いを、遥かにこえて、その最も背後にある、神様の愛に気づく心の宝を、私たちは、周囲のいのちに目を向ける中で、発見できる者でありたい。

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共に生きるとは

P1000302h 今朝は四時前に目が覚めた。昨日のプールで日に焼けた顔や体がほてり、暑かったので、ブラインドはしていたが、窓は開け放って眠っていたので、今朝はそこからの小鳥たちの朝のさえずりのにぎやかさに驚かされた。まだ薄暗い四時過ぎです。この時間帯が、一番、野の小鳥たちの声が大きく響きます。

枕もとの小型ラジオのスイッチを入れ、NHKラジオ「心の時代」の最初だけを少し聞いた。「カンパーランド長老教会」という懐かしい言葉に、久しぶりに出会った。私が大学生の時に洗礼を受けたのが、このカンパーランド長老教会だった。東京の国立(くにたち)にある、カンバーランド長老国立教会でした。府中の刑務所近くで三億円が奪われる事件のあった頃です。

今朝の「心の時代」は、現在もブラジルで生活する、その同じカンバランド長老教会所属の、やや高齢らしい牧師夫妻の話だった。十年前と、十年後に訪れたブラジルの地で生活する人々の、苦しみや様々な困難を目にした夫妻。

P1000298h それらの現状を目にして、私たちに何が出来るか?。いや、何も出来ないだろう。これが率直な二人の思いだった。しかし、しばらくして、「この人々と共に生きることなら出来るかもしれない…」。こうした思いが二人の心に芽生えたという。そして、一人ではできないかもしれないが、夫婦で祈りを合わせて、スタートしよう、と決意したという。

私が身を置く、我が家族たちとの生活も、豊科シオン幼稚園の幼子たちとの日々の生活も、正に、この共に生きることが基本となる。しかし、「共に生きる」ということは、そうたやすいことではない気もする。何故なら、喜びも悲しみも共にすることであるからだ。もっと言えば、生きるも死ぬも共にする覚悟が求められるような気もする。

この牧師夫妻の言葉が真実なら、その人々と共に、その地に骨を埋めるくらいの覚悟がいるんだろうな~、偉いな~と思った。ここまで聞いたたけでしたが、後の話はだいたいわかるような気がして、スイッチを切り、鳥たちのにぎやかな声に誘われるように起き上がり、事務室に入った。

こうして日曜日の朝を、教会&幼稚園でむかえるのは久しぶりです。だいぶ明るくなった空を見上げると、青空が見えます。どうやら、昨日に続いて今日も、ここ安曇野地方は快晴になりそうです。天気が晴れで、プールが開いているとなると、ついつい、私はそわそわした気分になってしまう。しかし、今日は日曜礼拝です。少し、そのための準備に入ります。

P1000301h 窓から、庭に目をやると、紫色の紫陽花が鮮やかに目に入りました。今日の講壇に、この花を飾ろうと思う。こうやって、小鳥たちも草花も、さりげなく、気負いもなく、近くにいる私たちと共に、生きているんだな~との思いが湧いてきました。山口の下松愛隣教会では、日曜日の講壇に飾る花を、庭いっぱいに咲き誇る花の中から、「どれにしようかな~」と、迷うらしいが、凄いことだな~と思う。愛情を注ぎ、手入れをしているのは吉田向学牧師である。

花と共に生きるということも、そうたやすいことではない。種を蒔き、その成長に目をやり、喜びや悲しみも共にして、それぞれの季節を、日照りの暑い日も嵐の日も、共に生きるんだもんなー。今日の日曜礼拝の説教では、こうしたことにも触れて、語らせてもらおうかなー。

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2008年7月12日 (土)

孫たちもさそって 2008 初泳ぎ

P1040095h 安曇野市の豊科プール開きの今日は、入場無料でした。長男家族と長女家族にも電話を入れて、誘いました。こうして孫三人も加わり、青空の下、2008年のプール開きの日を、みんなで水の中で楽しみました。

私は、流れるプールで遊ぶ孫たちを少し見た後、五十メートルプールへ行きました。こちらはほとんど人がいなかったので、コースロープを張ってある五十メートルコースを独占して、ゆっくりと、十ターンほどを泳ぎ、千メートル少しを泳ぎました。まだまだ体力的には、若い者たちに負けないだけの泳力があることにホッとしました。

今月末までに、何回か、プールへ通い、少し体を水に慣らすトレーニングを積んで、今月の二十九日には琵琶湖へ出発です。そして、琵琶湖西岸の和邇浜で、アクアミューズの高橋さんから、ヨットを受け取り、少し説明と手ほどきを受けて、二三日トレーニングしてから、琵琶湖周航にチャレンジの予定です。

P1040096h 私は、もう少し泳ぎたかったのですが、孫たちが、お腹がすいたと言うので、農道沿いの「大学ラーメン」へ、みんなで行きました。そして、生ビールとジュースで乾杯。八月に琵琶湖畔へ集結する打ち合わせもしました。帰りは、それぞれに女性陣が車の運転。

まあ、我が子たちは、私のこの夏のちょっとしたヨット冒険には、「ふ~ん」と言って、「幾つになっても夢があるっていいよね」。と理解を示してくれました。

P1000296h 今回の琵琶湖行きは、もう一つ、京都の八十八歳になる義母関連の集まりがあり、それへの参加もあります。牧師をしている関係で、日曜日と重なる親族の集まりには、今まで一度も顔を出したことのない私でした。しかし、義母が元気なうちに、やはり孝行をしておくことに、今回は決めました。後は、梅雨明けが今月末までには来て、良き天候の日を得たいな~と思っています。しかし、二時間ほどの水泳でしたが、顔や体が陽に焼けて、ポッポッとほてります。

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2008 プール開き  快晴です

P1000295h 今朝は六時過ぎに目が覚めた。土曜日の朝を安曇野でむかえるのは、久しぶりのことです。昨夜も雨が降ったようです。地面が黒々としめっています。今日、豊科ブールがオープンになることもあり、朝のうちに急いで二三の業務を処理して十時頃には、次男とプールへ出かけようと思っています。

この教会二階に下宿している、大学一年になる次男は、休みの日でも、めったに外へ出ることがなくパソコンと向かい合って部屋の中で過ごす事が多く、父親としては少し心配なところがあるわけです。犬がいた時は、「散歩にいてっこい!」と、行かせたりしていたのですが、その四頭いた犬も、それぞれに加齢して、十二歳前後で、全て、いなくなってしまいました。

まあ、学んでいるのが経営情報であり、この秋にシスアド試験を、そして来年には情報処理の試験を突破するのが、当面の目標であり、パソコンと向かい合っているのも、勉強といえば勉強ですが、体力面でも、パワーをつけてほしいと思っています。背だけはひょろりと高くなり、日曜日の礼拝ごとに、長男に「俺よりでかくなったんじゃーねーか!」と言われたり、一番仲のよい三女からも、「でけー!」と言われ、見上げられたりしています。

105_0580a1 おそらく百八十センチ前後になった感じを受けます。こいつとは、2005年の夏に琵琶湖へ出かけ、次男にとっては初めてのヨットを二人で楽しんだことがあります。その時感じたのは、風を読み、ラダーと帆の位置関係を、ほぼ瞬時に理解して、タックやジャイブの時に、一瞬判断を迷う私に、「お父さん、右、右」とか、「もっとラダーを戻して!」とか、午後になり荒れてきた湖上では、どっちが教えているのかわからない感じでした。

そのくせ、「お前にまかせるから、やってみろ!」と言うと、尻込みするから、分からんやつです。まあ、タイプ的には、高校野球で甲子園を目指し、中学、高校と野球部で鍛えた長男が私に近く、この次男は妻のDNAを強く引き継いでいる感じを受けています。泳力は、五人の我が子全てに、小さい時から私が教えて来たので、学校の水泳大会では、いつも上位でした。長男と三女は、おそらく、スイミングスクールあたりへ入り、本格的にやっていれば、国体ぐらいに出られただろうな~と思っています。

まあ、次男は高校の情報処理で、全国大会に出て、優秀賞を手にしたりして、それなりに自分の得意分野で頑張ってはきました。そんな次男を、私はこの季節になると引っ張り出して、プールへ誘い、ニ三キロを目標に、連日泳がせて来ました。しかし、六十四歳になる私に、まだ負けています。そろそろ追い越してほしいな~。

事務室の窓から見上げる今朝の空は、青空です。どうやら、今日の安曇野は快晴の一日になりそうです。妻は、朝から青空を見上げてそわそわしている私を見て、「幾つになっても、まるでトムソーヤみたいね」と言いつつ、朝食のハムエッグを作っています。そりゃーそうだ。今年四歳になった長男のところの孫に、颯野(ソーヤ)という名をつけた私ですから。

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2008年7月11日 (金)

「幼年期の終わり」   読み終えました

41ibv38p2bvl_sl500_aa240_1 午後四時過ぎに、来週に、三日間豊科シオン幼稚園に職場体験実習に入る中学生と、担当の教諭が、事前の挨拶に来たのと、近くで建て替え中の工事に入った建築現場から、水道管工事の件で、現場責任者の方が挨拶に来て、読むのを中断された時間を除いて、園児たちが帰った三時過ぎから、夢中で最後のところを読んでいた「幼年期の終わり」クラーク著池田真紀子訳(光文社文庫)を、五時半を回って読み終えた。

513w7k7t4vl_sl500_aa240_1 いやー、久しぶりに夢中になって読んだ本でした。以前、同じような感覚で夢中で読んだのは、けっこう前になりますが、現在施設職員をしている長男に、「お父さん、この本おもしろいよ!」と言われて読んだ「ダビンチコード」上中下以来だろうか。今回は、読み終えたこの本を、今度は長男にあげようと思う。

人類の未来、地球の未来を、大きな宇宙のスケールの中で描き、極めて高度な科学技術を手に入れた異星人と、地球人との遭遇を軸に、グイグイと、地球の終わり、人類の未来、その最後の姿へと引き込んで行く。いろいろと考えさせられるSF小説でした。おもしろかった。しかし、この宇宙は、本当に広くて、不思議だな~。

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夏休みの宿題  「朝顔観察」

07132 ここ安曇野はまだ梅雨明けはしていません。しかし、季節は早くも夏本番に入ろうとしています。あと二週間で豊科シオン幼稚園は夏休みに入ります。七月二十四日が終業式で、八月十九日が二学期の始業式となります。

その間の三週間と少しが夏休みとなります。しかし、私たちの幼稚園は、夏休み中も日曜幼稚園があり、教会員と一緒の日曜礼拝もあります。家族で、どこか遠くへ行く旅行日と重なったりしない限り、出席します。私も同様です。

この私自身は、京都でのどうしても出席しなければならない親族の集まりが八月三日(日)にあるため、教会役員の方たちに、その日の礼拝をお願いして、七月二十七日の礼拝を終えて、約二週間の夏休みをもらうことになっています。こうした事は、この教会に赴任しての二十数年間に、二三回あったでしょうか。一度はイスラエルのガリラヤ湖へ出かけた時、他に二回は、東京の国立にある教会と町田にある教会の日曜礼拝に招かれた時でしょうか。そうかー、そうすると、正確には今回で四回目になります。

しかし、こうして、夏休みの計画をたてて、この夏休みを楽しみにしている時が、一番よい時なのかもしれません。いざ夏休みに入ると、あっというまに、過ぎ去って、次の季節がやって来ることを、何度も経験しているからです。

さて、来週の後半三日間、職場体験実習で、四名の女子中学生が実習に来ます。その三日間には、福祉施設での「光の子」讃美グループ活動日が一日あります。また、天候にもよりますが、豊科プールでの水泳教室が入るかもしれません。中学生たちが、将来の職業を選択する時の貴重な体験になるだけに、受け入れにも、やはり、それなりの気をつかいます。

さて、小学一年生の夏休みの宿題に、「朝顔の観察」というのが、今でもあるようです。私自身の小学生の時に、あったのかどうかは記憶がありません。しかし、自由研究のテーマに選んで、家の周りに数々の花を季節ごとに咲かせ、小さな温室も持っていた花好きな父に手伝ってもらい、一度やったような記憶があります。

先週の日曜礼拝で、聖書の「野の花が、どのように育つのか、注意して見なさい」とのイエスキリストの言葉の箇所を、読んでいて、私は「ハッ」とさせられました。

これは正に、小学校の教室で、初めての夏休みをむかえる一年生に、学校の授業で、種から蒔いて育つのを観察してきた、その一人ひとりの朝顔の鉢を、家に持ち帰らせて、「さー、夏休み中もしっかり、朝顔の観察をして下さい。そして観察日記を毎日こまめに、つけてみましょうね!」と、教壇の上から語る先生の言葉と同じです。

さあ、この私自身も、夏休み中に、「自然観察」「野鳥観察」などが、しっかりと、注意して出来る夏休みにしなければいけないなーと思う。

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2008年7月10日 (木)

私のブログで写真バグ発生

P1000290h 今朝、私のプログ(グーグル)に異変(写真バグ)が起きていて、挿入していた写真の何枚かが、消えていた。そこて、編集画面をのぞくと、「Blogger チームからの最新のお知らせ」が来ていた。英文で三ページほどの、グーグル社のブログの多彩な機能の説明と、写真にバグが出ているから、修正しましょうとの通知内容だった。たぶん。

そう言えば、六月五日に最終書き込みをして、そのまま放置していたので、まあ、そんな私を励まして、ブログを続けましょうとの文面らしかったが、何かのバグで写真が消えていたのを、いち早く見つけた、Bloggerチームが、消えている写真と日付についても触れて、個人的レターをくれたのだった。英語でなくて日本語でくれると、もっとありがたいのだが…。

P1000289hしかし、 さすがだなー、グーグル社は偉い!。しかし、写真バグは、やっぱりグーグル社のブログ機能にも問題があったんだろうなー。たぶん。そこで、バグで消えている写真を二三枚入れ替えたら、他の全部が復旧していた。やれ、やれ。

これからは、グーグル社のブログにも、ちょこちょこ書き込みをすることにしよう。まあ、英文では書けないから、英語聖書の語句を少し入れて、それに日本語で、解説を入れるようなブログにして行こう。動画やユーチューブも、挿入可能らしいから、それもやってみよう。

今日の豊科シオン幼稚園は「光の子」讃美グループ活動で、福祉施設の「豊岳荘」を訪問して、一時間の交流の時を持ちました。朝の曇り空は、いつしか晴れて、蒸し暑い一日となりました。しかし、豊岳荘の二階ホールでは、開け放たれた窓から、清風が入り、何十人かの車椅子の高齢者の方々と、爽やかな一時を持つことが出来て感謝でした。

今日も、午後六時前には、ほりで~湯へ行き、汗を流して来たいと思う。安曇野に来ての楽しみの一つは、一日の業を終えた後の、西山の山中にあるサウナと露天風呂です。不思議なものです。朝のぞいたブログにバグが見つかり、う~むと、なり、それが復旧して、やれ、やれと、明るい気分になる。そして、雲の多い空を見上げて、う~むとなり、施設訪問で、爽やか気分で外へ出ると、青空の広がっていて、心も晴れやかになる。

人間の心にも、曇りの時があれば、晴れの時もある。そして、人間の心とは、外部の環境や、出来事によって、結構大きく左右されるものなんだなーと、改めて感じた一日でした。さあ、園児たちも帰った、これからの時間は、「幼年期の終わり」の続きを読むことにしよう。妻は次男の衣類の洗濯と、今日の夕食の買い物のようです。